小屋の中のトンネル

無気力なすび

第■話 ■■■■■■■■■■

 見渡す限りの森。

 戦後復興のために植林された針葉樹が目立つ中に、私は立っていた。

 周りには建物も小屋も無く、足下には山路をうねる、灰色の二車線だけ。


「フウゥっ………」

 冷たい空気。風が無いのが幸いしても、薄い生地の囚人服にはこたえる。


「誰か応答して。こちら囚人番号694番、おお西にしみず。ここからどうしたらいいの」


『ザー』

 唯一支給されたトランシーバーに反応はない。仕方無く先へ進みながら、この話を受けてしまった後悔の念が込み上げる。


 私は本来死刑になるはずだった。

 だけど数日前。突如拘置所から出されたと思えば、『実験に付き合えば刑を廃止する』とスーツ姿の年老いた男が提案を持ち込んで来たのだ。


 こちらとしては願ったり叶ったり。だから彼等の言う通りに封鎖された小屋に入ったのに。


「これじゃ実験にならないじゃない。そもそもここは室内じゃないの?」

 訳の分からない状況に苛立って、独りごちる。

 先程から大分歩いて脹脛ふくらはぎが痛い。

 これまで一本道をひたすら歩き続けているけど、向かうべき方向が正しいのかも定かでは無い。


「あれ、これって……」

 見覚えのある道路標識。

 苔に彩られ、頭部の角が欠けている黄色の菱形。

 確かこのすぐ先には。


「──っ! トンネル……?」

 山の斜面でポッカリと口を開けた、見覚えがある朽ちた石造りの隧道ずいどう

 現代のソレと遜色そんしょく無い程度には広いが、内部を照らす明かりは存在しない。


『──ザ、ザザ……』


「! もしもしこちら囚人番号694、囚人番号694」


『やっと繋がったか、今何処にいる?』


「私は今、事件の現場に来ています」


『それは君の起こした現場、と解釈して良いのだね?』

 無線に向けて、首肯と共に返答する。

 忘れるわけがない。私はここで、かつて愛した彼を、その仲間達を手に掛けて、忘れ去られたこの廃トンネルで燃やしたんだから。


『君の経緯については調べたし、同情もする。しかし君は法を犯したんだ。そのまま進みたまえ』


「……中は暗くて見えないけど」


『無線の裏側に発光機能を備えてある。中央の赤いボタンを押せば点くはずだ』

 言われた通りに押し込めば、白く照らされる汚れた暗壁。

 震える吐息を圧し殺し、慎重に暗闇へ踏み入る。


「今入ったわ」


『了解。歩き続けたままで構わないから、視認可能な情報を報告し続けよ』


「天井から水がしたたってるわ。路面は水で侵食されてるのか、穴が空いてデコボコね」


『他には?』


「塩ダレって言うのかしら? 壁には白い線が沢山伸びていて……」


『続けろ』


「一つ奇妙な質問しても良いかしら」


『構わない』


「私が逮捕された時、私の車は押収されたのよね?」


『ああ。今も公安の証拠品保管用のガレージに存在が確認されている』


「じゃあ、どうして、今、私の目の前に、その車が、あるの……?」


『詳しく報告しろ』


「え、ええ。黒のワンボックスカーで、私の方、つまり出口へ向いてるわ。社内には……何も無いみたいね」


『実体の有無を報告せよ』


「? 変な事訊くのね、もちろんあるわよ。触った感じ……キャアア!」


『何があった』


「あ、温かいの! それに、見た目は鉄なのに、質感は人間の皮膚みたいで」


『囚人番号694落ち着け。より正確な報告を求む』


「無理よ! それに、誰、誰なのよ」


『囚人番号694応答せよ、囚人番号694』


「見ないで、私を見ないで」


『我々の声が聴こえるか、おい!』


「だって貴方達が悪いんじゃない! 私はこんなにも愛していたのに、貴方はそれを陵辱して!」


『その場から離れろ。繰り返す、その場から離れるんだ! 直ぐに機動部隊を送る』


「ちが、ウソ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 愛してる、愛してるからぁ」


『……被検体をロストと判定。回収班は待機し、焼却班は殲滅プロトコルを開始せよ』


「ヴぁだジヴォダべだいデェ──」

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