第5話 高慢な大国

西暦2030年4月23日 ベーダ大皇国 皇都シャンジラ


 アティリカ大陸より南東に2000キロメートル離れた地点にある小大陸、バラソ。その大部分を支配するベーダ大皇国は、ラティーニアと異なり平穏無事に地球諸国と接触。比較的低いリスクで21世紀の優れた科学技術とそれが支える文明を享受していた。


 特にベーダは、西欧諸国から優先的に品々を輸入していた。アメリカや中国に圧されて輸出商戦で不利を強いられている立場にある国々を、経済面から味方につけるメリットは多く、日本やアメリカとの経済的結びつきが強いアルノシアや、ロシアや中国と蜜月にも等しい間柄にあるラティーニアを牽制するのに、ベーダと西欧諸国は利害の一致を見たのである。


 その中心たる皇都シャンジラ。イタリア製の鉄道が市内を駆け巡り、幹線道路ではルノーのブランドを掲げる自動車が軽快に走っている。乗り物一つを取ってみても西欧諸国との結びつきが分かる街並みを眺める位置にあるのが、小高い丘全域を敷地とする大皇国皇宮であった。


「そうか…やはりアティリカの高慢どもは要求を拒否するか…だが、我らにとってはもはや些事である。間もなくこのアドラ海は、我が皇国の支配せし海となる。無駄な足掻きとなるというのに、全く滑稽な事よ」


 皇宮の執務室にて、皇帝ガル8世はほくそ笑む。今年で在位20年を迎える彼は、皇太子時代より西欧諸国の経済力と技術を頼った近代化政策を主導しており、その上で相手が弱みに付け込もうとした時には、アメリカやロシアにも頼ってそれを防いでいた。その地球の大国をも自国発展のための道具として利用する狡猾な手腕は、『パラソのチトー』とまで呼ばれる程であった。


「今の我らが欲するのは、このアドラ海の覇権。衰退を約束された古き国にはそろそろ退場してもらわねばならん。千年の栄光を手にするのは、この栄光あるベーダなのだからな」


 非常に高慢な発言。だが、今のこの国にはその発言が許される程の勢いがあった。まず軍事力は、西欧系を中心に、地球製の兵器を多数導入。国内の産業近代化に合わせて国産化も押し進め、近年では『扉』を介して地球上で行われる演習に参加する事もやっている。


 そして練度も高い。今から500年前、ラティーニア初代皇帝が即位する前より歴史を持つベーダは、周囲の国々を併呑する侵略戦争を繰り返してきたが、同時に北や東に位置する大国との衝突の連続をも経験してきた。その過程で偉大なる大国への愛国心が芽生えるのも至極当然であり、軍人を志した者は熱心に鍛錬に励んできた。


 故に、ガル8世は国際的な外交交渉の最終手段である『戦争』という禁断の切り札を、余裕で切れる事が出来た。とはいえアティリカの国々も軍事力の強化を怠っておらず、万が一の結果に備えられるのも名君の資格であると彼は認識していた。


「間もなく、宰相が最後通牒を叩きつけるであろう。これに対する反応如何で、我が国の取るべき道は決まる。さて、ラティーニアの老王とアルノシアの若造は如何なる決断を下すのか…」

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