第6話「専門用語の解説はあまり読まない」

『おことわり』

 この先、専門用語が多数登場します。本編の大筋とは関係ありませんので、基本的に読み飛ばしていただいて構いません。

 もし気になった方は、話の末尾に用語の解説を載せていますので、そちらと併せて楽しんでいただけますと幸いです。

—————



「Ladies and Gentleman。私は渡邉さんのを提案いたします」


 ウォーリスはその巨躯を折りたたみ、丁寧にお辞儀した。

 友菜陣営がざわめく。


「配置転換?」

「渡邉さんをクビにするって話じゃないの?」


 茉莉乃は手元の書類に目を落とした。円卓決議の通知文書には「渡邉茉莉乃の処遇について」と書かれていた。

 彼女の額に汗が流れる。


「鷲山取締役は先日の戦略ソリューション事業本部を視察した際、渡邉さんの適性を瞬時に見抜かれていました。彼女はだと」


 営業推進本部とは、様々な会社に出向き、案件を受注する部署である。もちろん、茉莉乃が希望するコンサルティングはできない。


「こちらのFigureをご覧ください」


 スライドには五角形のレーダーチャートが表示された。


「これは営業推進本部に所属する社員のOCEAN Model(※1)です。一番上の値が突出していることがわかります。これは『Extraversion《外向性》(※2)』を表しており、値が高いほど他者とのcommunicationに積極的であると言えます」


 慌てふためく友菜陣営を見て、鷲山はほくそ笑んだ。


(やはり、通知文書をよく読んでいなかったようだな。いくらエリートとはいえ、所詮は素人。一つで簡単に倒れる。それに、キャメロンは数字に繊細な男だ。彼の主張には必ず数字が絡んでくる。数字は万物の標準単位。必然的に、彼の主張には客観性が付随する)


 次に表示されたスライドには先ほどのレーダーチャートと似た五角形が表示された。


「そして、こちらが入社時の性格診断テストから割り出した渡邉さんのOCEAN Modelです。ご覧の通り、かなり類似しています。以上から渡邉さんは営業推進本部の適性があると考えます。


 このOCEAN Modelを利用した配置決定は他社でも実践されています。例えば、島崎電気工業に勤めるAさんは文系学部卒のため、当初は総務部に配属されました。しかし、OCEAN Modelをもとにシステム部に配置転換すると次々と成果を挙げ、転属から三年目にはProject Leaderを務めるまで成長しました。きっと、渡邉さんも営業推進本部で素晴らしいPotentialを発揮してくれるでしょう」


 つまり、ウォーリスのプレゼンは「出て行けと言ったけど、違う部署に異動させるだけだから。この異動は左遷とかではなく、本人の適性を考慮したものなので、法律には一切抵触しません。希望する職種と違うなら辞めてもらっていいですよ」と言っているようなものだった。


 茉莉乃たちに昨晩の勝利ムードは全くなかった。全員黙って下を向いている。

 一方の鷲山は満足げに頷いた。


(OCEANモデルと王道のPREP法(※3)。彼はこの二本の柱で幾多もの円卓決議を勝ち抜き、執行役員の座についた。さあ羽坂友菜。どう出……ん?)


 鷲山は目を丸くした。



 なんと、友菜は寝ていた。



 椅子に座り、ノートパソコンを開いたまま、コクリコクリとまどろんでいた。


「私からの提案は以上になります、Thank you」

「それでは、次に羽坂友菜さん……羽坂さん⁉︎」


 司会の言葉で会場も友菜に気づいた。司会に起こされた彼女は目をこすると、立ち上がる。


「すみません、昨日ほとんど寝ていなかったので……」

「神聖な円卓決議で居眠りとは。度が過ぎてるな」


 鷲山は鋭い視線で友菜を睨んだ。友菜も鷲山のことを見る。彼女の目はギラギラと太陽のようだった。


「でも、円卓決議の規則にありますよね。『プレゼンテーション以外で評価をしてはならない』って。まあ、見ててくださいよ」


 そう言って彼女は上着を脱ぐと、ワイシャツを腕まくりした。

 一連の彼女の言動に鷲山は鳥肌が立った。まるで虎が兎を捕食する時のような。


(勝ちを確信している⁉︎ キャメロンのプレゼンは完璧だったはずだ。それに勝つというのか?)


 彼女はスライドを表示させた。



   誰かに信頼されるには




——————


 用語解説

・OCEANモデル(※1)

 五つの特性に基づいて性格を分類する心理学的手法(出典:Wikipedia一部改変)


・外向性(※2)

 OCEANモデルで分類される特性の一つ。この値が高いと活力、興奮、自己主張、社交性、他人との付き合いで刺激を求める、おしゃべりであることを表している。(出典:Wikipedia一部改変)


・PREP法(※3)

 プレゼンテーションの手法の一つ。「結論」「理由」「具体例」「結論」の流れで情報を伝える。(参照:https://goodpresen.jp/journal/journal-0-3/)

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