第4話「プレゼンに上も下も関係ない」
鷲山が言う。
「もう、来なくていいよ」
雷が一際大きく鳴った。
「えっ?」
「今日中に荷物をまとめるんだ。いいね」
まるで宇宙空間にいるかのようにオフィスの空気は凍りついた。茉莉乃の表情だけが色を失っていく。
「返事は?」
「待ってください。私は大手広告企業のコンサルティングを行うために……」
「返事は!」
彼女の目に涙が浮かぶ。まるで命乞いをするかのように部長を見る。部長は下を向き、目を合わせないようにしていた。
他の社員も同様だった。茉莉乃のことを見てはいるが、視線を合わせようとしない。
鷲山が口を開いた。
「最初に明言しておきます。私たちは社会の歯車です。サービスを提供し経済を回し、国を、強いては人類文明を発展させるための部品です。だからこそ調和を乱してはいけません。そこの彼女のように」
鷲山は茉莉乃を指差した。茉莉乃は体を震わせた。
「企業のコンサルがやりたいのですか? ここでなくともできますよ。業務中にスマホを鳴らすことのできる三流のコンサルティングでしたら——」
「ちょっと言い過ぎじゃないですか?」
血が沸騰する。気がつけば口が開いていた。
鷲山の目が茉莉乃の一歩前に立つ友菜に移る。
「音を鳴らしただけですよ。それだけで人生を否定するほどの中傷を言われる筋合いはないと思います」
鷲山は目を細めた。
「社会人は全ての行動に責任が伴います。ほんの些細なミスで人命が危険に晒されることもあります」
「彼女の行動が人命に危険を及ぼすと? ここにペースメーカーをつけた人はいません。それなのに責任だなんだと誹謗してクビにして。ただ自分の『ありがたい御言葉』を邪魔された腹いせのくせに」
鷲山の眉がピクッと動いた。
「Hey, you‼︎ 随分な口の聞き方じゃあないか!」
鷲山の後ろの集団から背が高くて彫りが深い碧眼の男が現れた。大柄で、鷲山よりも頭一つ背が高かった。加えてガタイもよく、鍛え抜かれた胸筋でスーツのボタンははち切れそうだった。
友菜の視界に男の情報が表示される。
「キャメロン・ウォーリス。三十六歳。ハーバー・ビジネス・スクール卒業。MBA(経営学修士)保持。マーケティング部門執行役員をしています」
ウォーリスは友菜のことを睨みつけた。
「Youの発言は取締役に対して失礼千万に値する。Take backし、Apologizeするんだ」
「謝罪ならまずそちらがするべきです」
「What……?」
ウォーリスは眉をひそめる。
「当たり前です。あなたは渡邉さんを傷つけた。謝罪して、クビを撤回してください」
上長二人に噛み付く友菜に周囲はざわめき始めた。
「おい、やばいんじゃないか?」
「誰か止めろって」
「ユナっち……」茉莉乃の目から涙が溢れた。
だが、友菜は止まらない。
「撤回しないならどんな手段を使ってでも撤回させます。あるんですよね。あなたと対等に勝負できる場所が!」
世界屈指のコンサルティング企業には一つの鉄則がある。それは、
——コンサルタントたるもの、プレゼンテーションの力なくして主張すべからず!
故に、社内の諍いは全てプレゼンテーションによって解決される。
その名も——
円卓決議!
雷鳴轟き、稲光差し込む。
フロア全員が水を得た魚のように騒ぎ出した。
「え、円卓決議って」
「相手は取締役だぞ」
本部長の顔は妖怪のように青ざめた。
「ハッハッハッハッハッ」
鷲山の笑い声が響き、フロアは再び静寂に包まれる。
「いいだろう。受けてやろうじゃないか、円卓決議。ただ私が出るには及ばない。キャメロン。君で十分だろう」
「I got it」
ウォーリスが深々と一礼すると、鷲山は踵を返し出口へと向かった。ウォーリス含む彼の部下も後に続く。
「あぁ……」
出口で立ち止まった彼は振り返った。
「君、名前は?」
「羽坂友菜です」
友菜は鋭い眼光で鷲山を睨みつけた。
「私は鷲山銀華。彼はキャメロン・ウォーリス。では、当日を楽しみにしているよ」
扉が閉まる音が響いた。
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