第3話「上の『有難いお言葉』は大抵ありがたくない」
九月五日。午前七時。
眠い目を擦りながらスマホのアラームを切る。
「おはようございます、友菜様」
上体を起こすと、パンツ一丁のセヴァンが深々と礼をした。
「うん、おはよう」
ベッドから出て、洗面所へ行く。
あれから半年の月日が経った。最初は迷惑だと思っていた〝
例えば……
「今朝のニュースを表示します」
セヴァンの声と共にニュース番組が空中に映し出される。〝
顔を洗い、朝食のトーストを焼いているとニュースで天気予報が流れる。今日の東京は快晴で、七日連続の猛暑日になるそうだ。
そんな予報を聞いてセヴァンが口を開く。
「私のシミュレーションによりますと、本日は午前十時より都心上空に線状降水帯が発生する模様です」
これが二つ目の能力。シミュレーション能力。
人類が考えた数理モデルを用いて未来の事象を予測することができる。しかも、スーパーコンピューターが一日かける計算を一秒で終わらせることができるというのだから驚異的だ。
「まあ、十時ならオフィスにいるし、傘はいいかな」
友菜はトーストを頬張った。
半裸の変態男が部屋にいるということは最初こそ戸惑ったが、人間というのは不思議な生き物で慣れてしまえば何も感じない。今では彼と普通に会話ができるようになった。
トーストを食べ終えると、白のブラウスと黒のパンツに着替え、ニュースを切り、玄関の扉を開ける。
「さあ、行くよ」
「かしこまりました」
午前八時半。
晩夏の日差しが容赦無く降り注ぐ朝だった。
午前八時五十分。
赤坂インターナショナルビル。
都心の一等地にあるビルに友菜が勤める会社、フューカインドのオフィスはある。
フューカインドは営業利益・百億ドル、従業員数・八十万を超えるグローバル・コンサルティング会社だ。
十階。戦略ソリューション事業本部オフィス。
「おはよう、マリノ」
「おはよう、ユナっち」
渡邉茉莉乃は元気よく挨拶した。彼女も友菜と同じ部署の所属だ。
「聞いた? ユナっち」
「なに?」
「今日、取締役が来るんだって」
「えっ、なんで?」
「なんか視察みたい。暇なのかな?」
「あたし達はいつも残業してるのに?」
「ホントそれ」
午前九時、始業。
朝礼が終わると仕事に取り掛かる。メールに返信し、先輩から任された書類の作成を行う。部署に配属されてから三ヶ月が経ち、ようやく周りについていけるようになった。
午前十時。
シミュレーションは的中し、オフィスの窓に雨が滴り始める。雨足は早く、遠くで雷が響いた。
三回目の雷鳴が聞こえ、雨音が一層激しくなったころ、
複数人の足音がした。
オフィスにいた全員が立ち上がる。友菜と茉莉乃も一歩遅れて立ち上がった。
やがて現れたのは銀髪ロングヘアーの男性だった。
オーダーメイドの黒いスーツを身につけ、紺色のネクタイを締めた彼の後ろには十人近くの部下が二列に整列して行進していた。
(……若い)
額にシワはなく、背筋もピンと伸びている。三十代、いや二十代にすら見えた。年老いたお爺さんが来ると思ていった友菜は、思わず銀髪の男性に見入った。
(セヴァン、彼の情報を)
「了解しました」
友菜の視界に履歴書の画像や新聞・雑誌の記事が表示される。
「鷲山銀華、二十七歳。名門・鷲山家の第一子にして〝最高傑作〟との呼び声も高い人物です。十二歳で渡米し、二十二歳で経済学の博士号を取得。フューカインドに入社後、瞬く間に頭角を表し、五年目にして取締役に就任しております」
セヴァンが彼の情報を読み上げている間、本部長が鷲山一向を出迎え、深く頭を下げる。
「みんな、仕事を一旦止めてくれ。鷲山取締役がいらっしゃいましたので、一言頂戴したいと思います。それでは取締役、よろしくお願いいたします」
鷲山は一歩前に出て社員を見回した。二十七歳とは思えないほど暗く鋭い視線に友菜は唇を引き締めた。
彼の口が開きかけたとき、
ピコロン
スマホの通知音が鳴った。全員、音がした方を見る。
スマホの持ち主は渡邉茉莉乃だった。
「……す、すみません」
茉莉乃は罰が悪そうに首をすくめた。
「きみ……」
鷲山が口を開く。
「もう、来なくていいよ」
雷が一際大きく鳴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます