第2話「同期と飲む酒ほど美味しい酒はない」
四月一日。午後六時。
赤坂見附。
「かんぱ〜い」
グラスが鳴る音が響く。レモンサワーを喉に流し込むと、五パーセントのアルコールと酸味と強炭酸が社会人一日目の疲弊した体に安らぎを与えてくれた。
「んん〜、うまい! やってみたかったんだよね。仕事帰りの生!」
ビールの泡を口元につけた渡邉茉莉乃はジョッキをテーブルに置いた。勤務初日を終えた友菜と茉莉乃は、オフィスの近くにある居酒屋に来ていた。
全てが初体験だった今日という日を肴に話は弾む。入社式のこと、オフィス見学のこと、研修のこと。お酒は進んだ。
「そういえばさ」
四杯目の梅酒に口をつけ、頬を紅く染めながら茉莉乃は口を開いた。
「入社式のとき、なにか見たの?」
友菜は持っていたフライドポテトを落とした。
「いや、べつに、なにも……」
「そういう時って大体なにか隠してるんだよね〜。浮気してた元彼もそうだった」
茉莉乃の長い足が向かいに座る友菜の腹を押す。
「ほらっ、なにを見たか言ってみろ」
「ちょっと、やめて」
体を捻るが、彼女の足は容赦なく友菜のツボを刺激する。
「あははは、わかった。話すから」
しかし茉莉乃は「こらっ、こらっ」と攻撃の手を緩めない。
見かねた友菜は彼女の頭にチョップをお見舞いした。「いったぁ〜」と茉莉乃は頭を押さえる。
「言うって言ったでしょ」
「ごめん、つい楽しくなっちゃって……それで、なに見たの?」
友菜はカシスウーロン(三杯目)を一口飲み、九時間前に起こった怪々な奇譚を思い出した。
話を聞いた茉莉乃は大爆笑した。
「それはヤバすぎ」
「いや、ホントそれ」
友菜は内心、ため息をついた。
(ホント、ヤバいよね……)
茉莉乃には見えないが、友菜の後ろにはセヴァンが立っていた。
もちろん、隆々とした筋骨を輝かせて。
「でも、そういうの想像するってことは、ユナっちってそっち系の刺激を求めてたりするの?」
「そんなことないよ〜」
顔の温度が一気に上昇する。
「本当〜?」
「本当」
「実はムッツリだったりするんじゃないの?」
「違いますー!」
二人はその後、二軒目へ。終電が近かったため三軒目は諦めて解散した。
終電に揺られて家にたどり着いたのは午前〇時だった。
(今日は久々に飲んだな)
友菜はトイレに行くと、シャワーを浴びパジャマに着替えた。その間、セヴァンは友菜のベッドの隣にずっと立っていた。
セヴァンの存在に気づいたのは、寝る直前だった。
「びっくりしたぁ」
ビクンとする友菜を見て、セヴァンは眉を顰める。
「あなたに言われた通り、トイレと風呂にはついていっていませんが……」
「その姿でベッドの前に立たれるのも中々ホラーだよ」
「では、どこで待機すれば」
「机の隣とかかな。……あなたは寝ないの?」
「私はあなたの意識と共にあります。あなたが眠れば、私も自然と眠りにつきます」
セヴァンはベッドから少し離れたところにある木製の机の隣に立った。
「そっか。まあ、いっか」
社会人生活は前途多難の幕開けとなった。会社のこと、同僚のこと、何よりいま同じ部屋にいる下着姿の男とこれからどうやって過ごせばいいのか。
そんなことを考える間もなく睡魔が襲ってきて、友菜は深い眠りへと落ちていった。
***
朝。
眠い目を擦りながらスマホのアラームを切る。
「おはようございます、友菜様」
上体を起こすと、パンツ一丁のセヴァンが深々と礼をした。
「うん、おはよう」
九月五日。午前七時。
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