スター、輝け(8)

 ヴァン・ブレイズの背中を見ていればよくわかる。


 普通のアームドスキンであれば、オーバーラップ装甲プレートは脇の下の胴をぐるりと囲むように作られている。これは上半身を動かすために不可欠な構造だ。

 ところが目の前の真紅の機体は背中の肩甲も左右に複層構造をしてスライドしている。普段の試合時にはまじまじと見ることがないので知らなかったが複雑な構造をしていた。


(思いどおりに動くアームドスキンにするために、そこまでしたか)

 ミュッセルが自機の設計までほとんど自身の手でしているのはステファニーも知っている有名な話。

(戦える身体を維持しながら設計開発にまで勤しむ。そう思えば、わたしはまだ甘えていたのかもしれない)


 モデルの仕事は続けているが今はかなり融通が利く。練習時間を十分に取れてフルスペックホライズンを最低限動かせられるようになった。

 あのメイド服のエンジニアも協力しているのだろうが、少年は鍛錬しつつヴァン・ブレイズの整備から改修作業までをこなしている。肩甲構造などサブフレームを張り巡らせていなければ不可能だろうに自ら生みだしている。


(ほぼ単独の作業。わたしと違ってスケジュールを誰かに合わせる必要がないとはいえ時間も無限ではない。本気度が違うということか)

 彼女では敵うわけもない。


 それでも幾度となく肩を並べてカタストロフと五分に戦えているのは偶然ではなく努力によるもの。彼と同じ時代に生きていられるのは幸せなことだと感じた。


「どうした? もう息切れか?」

「まだ戦える」

「いい返事だが、まあお仲間は限界みてえだぜ」


 言われて気づく。モニカとロニヤは動きにキレが無くなってきている。ヤコミナも指示の声が出なくなってきていた。マヌエラはやや遅れ気味だ。


「そろそろ交代すっか。俺も休憩タイムだ」

「うう……」

「不満そうにすんな。4000近く押したぞ。上出来じゃん」


 ルートを外すことなくカタストロフを導いた。遠く居住ブロックの影が見えるところまで来ている。今は自覚できていないが、慣れない実戦で身体は疲労を訴えているだろう。


「次は?」

「フローデア・メクスが来る。女帝に任せとけ」

「ああ」

 頷くしかない。

「エナ、間に合うか?」

「問題なし。グレイも参戦するって言ってる」

「んじゃ、俺も退くぜ」


 黄緑色のレイ・ソラニアが背後から近づいて入れ替わる気配。薄墨色のレギ・ソウルも低空飛行で入ってくる。


「次なる刺客はフローデア・メクス! 女帝がカタストロフに挑みます! 狼頭の貴公子まで加わった強力布陣で撃滅を目指すぅー!」

 フレディが吠える。


 ステファニーはミュッセルとの共闘が終わるのを惜しむ気持ちが強かった。


   ◇      ◇      ◇


(ステファニー・ルニエ。驚くべき進化を遂げたな)

 グレオヌスは思う。

(あれだけミュウに合わせて戦えるとなると僕もうかうかしていられない。でも、この局面は……)


 不安が胸に降り積もっていく。戦力的に問題があるわけではない。違う懸念である。


「炎星杯では決着がついたとは言いがたい。貴殿の実力、しっかりと味わわせてもらおうか」

 女帝ユーシカ・アイナルが通信パネルに浮かぶ。

「もちろん。今日はペース配分など不要ですから。あなたもそのおつもりで」

「さすがの私も震えが来ている。これが怖れによるものか興奮によるものかはわからないね」

「後者であることを祈ります」

 彼女が双剣を閃かせる。

「それと、ボズマさん、ミュウの教訓を活かしてくださいね。今日こそは無闇に回避が難しいジャンプなど繰りかえしていたら命がありませんから」

「マジ? ヤベ。まだ次の感覚を掴んでもいないんだから冗談きついよ」

「フォローに徹せよ、ボズマ。目立って、不用意にターゲットになる振る舞いは控えろ。敵は一体なのだからユーシカを主軸に攻めるのだ」


 ボズマ・ステナーには不安材料があるが、エイクリン・ヌージットが御してくれるだろう。サラ・シクレンとベス・オブリガータの砲撃手ガンナー組は距離を取って牽制の構えである。


「いよいよ女帝ユーシカとカタストロフが激突ー! 如何なる展開が待っているのかぁー!」


 待機時間に十分研究していたのだろうか、ユーシカは巧妙だった。ブラストハウルに対する回避は自動だけに頼らずスムース。カタストロフの正面を嫌って生体ビームの脅威を避けている。

 それでいて剣閃は鋭い。両手から繰り出される連撃は息をも吐かせぬ速さである。その彼女を『ナイトブレード』エイクリンが堅実に支えるスタイル。グレオヌスが傍についてフォローする必要もなさそうだった。彼女も十二分にスター気質を備えている。


(でも、それだけでは足りない。なにか手立てがなければ、この作戦を続行するのは困難だ。あまりに危険すぎる)


 彼まで加わればブレードはヴァラージに届いている。再生した副腕どころか、もっと削ることも可能。それでもカタストロフをそのまま居住ブロックまで押し込んではいけないのだ。


(僕にもっと力があれば。父に比肩しうる力があればこんな局面でも思い悩む必要などないというのに)


 グレオヌスの苦悩は深かった。

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