悪夢再現す(2)
ヘーゲルの訓練場に第一報が入ったのは午前十時。ヴァラージ出現がほど近い工業区画のため、先行して避難要請がなされた。従業員が速やかに避難していく中、彼ら合宿メンバーは状況把握に努める。
「ちっ、なんで悪ぃ予想ってのは当たっちまうんだよ」
「本局も対策を打ってたとは思うんだけどさ」
(内心、喜んでそう)
エナミはミュッセルの表情にわずかに含まれている感情を読み取る。
「なにか知ってたの、あんたたち」
ビビアンが噛みつく。
「かもしれねえって話だけだ」
「怪物事件を起こしたガナス・ゼマ社を捜査したんだけど、あれの元になったテストピースの入手先を追いきれなかった。星間管理局はルートにメルケーシン内の他の企業が噛んでるって踏んで調査を進めてたんだ」
「それがマグナトラン社。映像のとおり、出現場所」
エナミが引き取って示す。
「エナも知ってたの?」
「うん、たまたま情報掴んだ現場に居合わせたの。中身が中身だから明かせなくて。ごめんなさい」
「い! うん、いいの。それは話せないわね」
全員が納得する。彼女の立場を重んじてくれた。
「それよりも避難しましょう。今回はうちも近い場所です」
「封じ込めに動くでしょう。本局も無策ではありません。前回の轍を踏み、準備はしているはずです。僕たちは情報収集しつつ、ここに残って対処に備えます。みんなは避難して」
「私も残る。今回は関係者側だもの」
ラヴィアーナの指示に反し主張する。
「逃げろって。怖いだろうが」
「いや。放っておいたら勝手に出ていっちゃいそう。本当に必要なのか私が見極めるの」
「ったく、強情だな」
ミュッセルも口では言いつつも、エナミの責任感に微笑みで応じてくれる。切迫感は覚えてなさそうだ。
(絶対に守るって思ってくれてたら嬉しいけど)
少しだけ乙女心が動く。
「あたしたちだって残るわよ!」
ビビアンが若干震えながらも強硬に言う。
「どうなるかわからないもん。もし、こっちに来るようだったら社員の人の避難援護しないといけないし」
「そこまでは考えなくて結構です。チーム契約はあなたたちをそこまで縛りません」
「でも、ヴィア主任、ヘーゲルにはあたしたち以外の戦力はないんです。契約社員として、できる限りのことはしたいから」
あくまで善意と主張している。
「まあ、いいでしょう。数名程度のここのメンバーくらいはホライズンが稼働状態ならすぐに避難できます。ヴィアさん、機材スタッフは先に避難させてください」
「そうですね。グレイ君が言うのも確かです」
「まずは状況把握に努めましょう」
グレオヌスの進言も根拠がないのではなさそうだ。彼はマシュリの挙動を見て、緊急性はないと判断している。
(焦りはない。大丈夫)
心構えはできている。
ヘーゲルの訓練場は居住区画郊外の隣接エリア。工業区画の拡張エリアなのでそこに配置されている。現在は地下のアームドスキン建造ラインがしばらく前に稼働を始め、地上に訓練場と保養施設、車両用のテストコースは整備中だった。
「ここなら居住区画の最終防衛ラインとして立地がいい。万が一の対策打ちやすいだろ?」
ミュッセルは自分たちの必要性を説いている。
「あくまで万が一のつもりではあるんだけどさ。
「そうよね。どんな感じ?」
「マシュリ、偵察ドローン、覗けるか?」
冷静なサリエリに続いてミュッセルが現実的な提案をする。
「まだ到着したばかりのようです。最前からの衛星画像を出します」
「おう、それでいい」
「少し粗めだけど状況はわかるな」
俯瞰の衛星画像が大きめの投影パネルに表示される。
「問題ない。最初からアンチVランチャーを装備してる」
グレオヌスが見定める。
「あんま近づくとヤベえだろ。弾頭は例のあれか?」
「いや、さすがにもっと効率的なものに切り替えられてると思うけどな」
「あんな
皆が目を凝らしている。
「撃ったか? ビームと違って発光しねえからわかりにくいぜ」
「うん、やっぱり近接弾頭だ。これならいけるかも」
「近接弾頭?」
アンチV弾頭の中でも有効範囲の広いものだとグレオヌスが説明してくれる。弾頭のアンチV薬の後ろに液体炸薬が仕掛けられており、目標から設定距離に到達すると自動的に炸裂する構造になっているという。
「霧状に浴びせるような形だから一発での効果は薄いけど途中で破壊されにくい。数発から数十発も当てれば退治できるはずだ」
声音も落ち着いている。
「ほんとか? 効いてねえように見えんだがよ」
「大気圏だと空気抵抗であまり拡散しないのか? たぶん炸裂距離設定の変更で対処してくると思う」
「待て。よく見ろ」
映像が俯瞰から望遠らしきものに切り替わった。偵察ドローンも配置完了して、マシュリが覗いているのだろう。
「再生してる? なんでだ?」
「しねえもんなのか?」
「アンチVによる損傷は再生せずにそのまま壊死するんだ。しなかっただろう?」
前回のことを思いだす。
「しなかったがよ、今回はしてるように見えんぜ」
「く、確かに」
「拘束用にもアンチV薬を使用していたものと思われます。おそらく耐性個体なのではないかと?」
「耐性ができてる?」
グレオヌスの困惑に、エナミの中にも焦りが生じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます