エナミの作戦(1)

 予想が事実なら封じ込めは難しいだろうとエナミは思う。退治するのも、かなりの物量を投入せねば難しいかもしれない。

 集中攻撃をするには動きを封じねばならない。アンチVの効果が薄いのであれば失敗するかもしれないと感じた。


(そのくらいのことはお祖母様もきっとわかっていらっしゃる。次の手を打ってくると思うけど)

 現状は遠方からのアンチV弾による狙撃に終始している。


「大した攻撃してこねえって奴が気づく前に次手があればいいんだがよ」

 ミュッセルが不安を口にする。

「あのヴァラージってそんな知能があるの?」

「基本的には、そんなに知能は高くないってされてる。あれは人型個体だから、他に比べて考える力はあるかもしれないけどさ」

「難しいかもしれません」

 グレオヌスの知識をマシュリが覆す。


 彼女は別の投影パネルを立ち上げた。そこには見慣れない室内の様子が映される。制御卓に座っている男がゆっくりと振り返ってきた。


「気持ち悪……」

「これは」


 撮影者がなにかを投げつけると男は苦しみはじめる。悶えながらも操作を始めて、結果として隔壁が開放される様子が映っていた。


「潜入してたのか?」

「はい。情報部エージェントが上げてきた映像記録です」

「男が苦しむ前に戻せ。んで、拡大しろ」


 マシュリが少年の指示に従い静止画にする。彼がタップした部分がどんどん拡大されていくと、透明金属隔壁から伸びる細い糸のようなものが光を反射して見えた。


「操られてんじゃん。こいつ、知能があるぜ」

「手違いではなくて自分で開放させたっていうのか? だとすればこれは……」

 狼頭は絶句している。

「おそらく相当の知能レベルではないかと」

「外に出て増殖に足るエネルギーを得るつもりです。このままではヴァラージ因子のパンデミックが起こる」

「ちっ、手の内もすぐに読まれんな。早めに手ぇ打たねえとヤバいか」


 かなり危うい状態だと知れる。それでもエナミはまだ、祖母のユナミが十分な準備をしているはずだと思っていた。


「ユナミ局長はどこまで把握してっと思う?」

 マシュリに尋ねている。

「こちらが予想している範囲のことは。実際に部隊に増員が掛けられています。物量で対処可能だと考えている模様です」

「なんとかなりそうな気がするけどな」

「たぶんな、グレイ。俺たちはもしものことを考えようぜ」

 ミュッセルはまだ警戒を緩めていない。

「もしものことって?」

「戦闘中に浴びたアンチVでさらに耐性が上がる可能性だ」

「くぅ、無きにしもあらずか。しかしな」


 アンチVで退治できなくなるとなると手段がなくなる。グレオヌスもそう考えているようだ。エナミは予め作っておいた秘策の開示をすべきときだと覚った。


「封じ込めはなんとかなると思う。誘導さえできれば」

 発言すると視線が集まった。

「誘導? どこにだ?」

「首都タレスで最も強い防御フィールドが張れるところ。ヴァラージの生体ビームも艦艇レベル以上の強力な防御フィールドが幾重にも張られていれば貫通できないはず」

「そんな場所は……、あ、ある!」

 ビビアンが叫び、全員が目を丸くする。

「そう。クロスファイトドームのリング。あそこは観客保護のために都市防衛や軍用レベルをはるかに超える防御フィールド設備があるから」

「そうか。安全率もあるし、出力なんて専用対消滅炉エンジンから幾らでも引きだせる。あそこの防御フィールドなら奴のビームも抑え込めるかもな」

「封じ込めたら、あとの対処はどうにでもなるんじゃないかと」


 そこへヴァラージを閉じ込める。あとは星間G保安S機構Oでも星間G平和維P持軍Fでもいいから、アンチVなり通常ビームを使用するなりして撃滅可能だと考えている。


「誘導か。どうすりゃいい?」

 ミュッセルも眉根を揉む。

「ルートは策定してる。できるだけ工業区画を通して市街地へ。そこからは直線でクロスファイトドームまで追い込んでしまえば」

「わかるけど、それは簡単じゃないんじゃないか? 誘導できるほどの包囲を敷こうとすると距離を詰めなくちゃならない。少なからず部隊に被害が出る」

「うん、私もそれは感じてた。なにか囮になるようなもので釣らないと困難かなって」

 そのなにかは思いつけなかった。

「なぁに、簡単だ。俺がヴァン・ブレイズで攻撃しながら下がっていきゃいい。傍まで行ったら蹴り込んでやる」

「それは嫌。そんな危険なことさせるなら、この作戦は取り下げます」

「エナ、お前……」


 ミュッセルに睨まれる。それでも絶対に引き下がるつもりはない。


「それどころじゃねえって……!」

 声を荒げている。

「見て!」

「なんだよ!」

「これがルート。これだけの距離、ミュウは間違いなく下がりながら誘導できる? 無理でしょ。途中で逃げられでもしたら、ヴァラージは街中に突入しちゃうかもしれないの。防ぎながら確実に誘導なんてできない。この作戦には物量が不可欠なの!」

 睨み合いになる。

「控えてください、ミュウ。ルートが居住区画からそれほど離れていないのは事実です。安全性を考えると推奨できません」

「マシュリまでもかよ」

「それに、あなたは万が一に備えて封じ込め後も戦闘ができる状態でなければなりません。仮にグレイの援護があったとしても許可できません」

 抗弁できず悔しそうなミュッセル。


 エナミは心苦しいが譲れなかった。

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