秋合宿(3)

 ブレードで相手するとなると、かなり不利になるスティック使いのウルジー。しかし、ミュッセルを前にすると話は別。打ち払いは手技で防がれてしまうので、突く距離をキープできないと厳しくなる。


「あい!」

「く、完璧にものにしやがって」


 ところが、リクモン流掌底撃をマスターした彼女は五分に打ち合えるようになった。いかな赤髪の少年も掌底撃だけは身体にもらうわけにはいかない。スクリューショットである掌底撃はジャイロ効果で直進性が高く、逸らせようにも軽く突いただけでは無理なのだ。


「あっぶね!」

「あいあいあい!」


 紙一重の一撃がミュッセルの脇腹をこそげ取っていく。躱すのに体勢を崩したところへウルジーは遠慮なく連撃を打ち込んでいった。


「せやっ!」

「んんっ!」


 彼も負けていない。逸らすのをあきらめ、ショートストロークのフックで叩き散らす。踏み込まれるのを警戒したウルジーが深めにスティックを引き戻した隙に構えに入る。次に打ちだされた掌底撃の出だしを拳で打つと左順手だけで支えられていた武器は後ろに飛んでいった。


「抜けー」

「一瞬引いたのが間違いだぜ」

 スティックを失わせたので勝負あり。

「俺が突っ込むと思ったんだろうが来なかったんだろ?」

「ん」

「よく見てりゃ、足が動いてなかったから突っ込まないとわかる。そういうのを感じろ」


 流れはそうでも、相手の体勢も観察していれば読めるという。足が動く気配があれば来る、なければ来ないと察せられる。


「考えてないで感じろ?」

 疑問を投げ掛ける。

「視野広く取って感じるのも大事だ」

「あい」

「でも、感じるだけじゃ駄目だぜ。そいつを組み立てに入れる。感じたうえで考えなきゃ流れは掴めねえ。わかるか?」

 ウルジーはいい笑顔で頷く。

「考えるを忘れない」

「掌底撃の一番の弱点は打ちだし際だかんな。そこを狙われねえように組み立てりゃそうそう破られねえ」

「最強ー」


 拾ったスティックを嬉しそうにスピンさせている。実際に彼女が掌底撃をマスターしてからの撃破率はチーム内でもトップクラスに躍りでている。


(あたしもショートレンジシューターを極めるにはもっと体捌き練習しなきゃな。ミュウとの組手を怖がってるようじゃ無理かも)


 ビビアンは思いきって次の相手に立候補した。


   ◇      ◇      ◇


 午後の実機訓練を終え、スパで汗を流した少年少女は借りている宿舎のダイニングルームに集まっている。全員が空腹を顔に描いていた。


「準備できました。どうぞ」


 人目の多い場所での訓練は外し、午後から合流していたマシュリが大きな皿を運んでくる。彼らの視線が集中し、ユーリィなどは皿ごと齧りつきそうな雰囲気である。


「ヤバい。堪んない」

「早く寄越せってお腹が……」


 皿に乗っているのは一口大のサイコロ状に切り分けられ、山のように盛られた肉。断面はまだ赤みを残し、てらてらと輝いている。ビビアンも目が離せなくなっていた。


「ああ、駄目なのに……」

 口に放り込んだだけで身体ごととろけそうになる。

「最高にぃ」

「美味しすぎヤバ」

「美味ー」

 群がって口に運ぶ。


 照りを見せていたのは肉汁である。それでいて脂の甘味は薄い。なぜなら、そういうふうに調整してある合成肉だからだ。

 肉エビと呼ばれる微生物から作られる合成肉は普通、適度に脂を含んでいる。肉エビ自体が体内に作りだす脂である。それを成形する過程で脂分を抜いた合成肉が今彼女の眼の前にあるものだ。


「これが一番って思いだしたら筋肉女への一本道なのに」

 抗えない。

「身体が欲しがってるのさ。一部損なったり、成長を促された筋肉がその材料となる良質なタンパク質を必要としてる。それが味覚に反映されてるだけ」

「せめて、こっそりプロテインパックのほうが可愛げがあるのに」

「馬鹿言え。しっかり食って付く筋肉が最上級なんだよ。こっちのほうがバランスよく付くべきとこに付くから安心しろ」

 グレオヌスのフォローにミュッセルも追加する。


 規格外に調整してある合成肉なので普通より高くつく。盛られている大量の合成肉は炎星杯の優勝賞金で二人が提供してくれたもの。合宿期間に口にする素材は全て取り寄せてくれていた。


「もうちょっと脂があったほうが胸に行かない?」

 つい本音が口からもれてしまう。

「いいのいいの。下支えする筋肉がしっかり付いたら最高のバストラインになるんだから」

「ほんと、サリ」

「わたしのこの食欲を見て否定する気?」

 物知りの親友は旺盛な食欲を発揮している。

「単に腹ペコなだけかと」

「うっさい。これは明日のための投資なの」

「せめてバランスを……」


 同じく山盛りの生野菜サラダへと足を向ける。そちらも結構高級品らしく、爽やかな甘みが口の中に広がった。

 サイコロ肉は程よい弾力を残し、噛むと繊維状にほろほろと崩れていく。肉々しい旨味が口いっぱいに感じられ、そこに生野菜を頬張ると甘みとともに洗い流していく。幾らでも食べられそうだった。


「ほんとヤバい止まんない」

「ポタージュも美味えぞ。炭水化物も入れとけ」

「マジ? こっちに寄越しなさいよ」


(あー、楽しい。訓練漬けなの憂鬱だったのが嘘みたい)

 充実度がすごい。


 ビビアンは秋合宿でこのメンバーが揃っていたのが、のちの事件に有効に働くとは思ってもいなかった。

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