秋合宿(2)

 体幹トレーニングのあとに休憩を挟んでから実践組手に入る。毎日やっていると、この時間帯に観客が増えるようになった。近い距離で上になにも羽織らないフィットスキン姿を大勢にさらすのは恥ずかしくもあるが、「HARGERヘーゲル」のロゴを背負っている以上はそうも言っていられない。


「ゴースタンバイ?」

 グレオヌスがビビアンに訊いてくる。

「まだちょっと節々がキシキシいってるけど、まあ」

「やってるうちにほぐれてくるさ。少しずつ上げてくから」

「みっちりいくぜ。学校が休みでブーゲンベルクリペアも閑散期の、このタイミングじゃねえとがっつり時間取れねえかんな」

 ミュッセルはやる気満々である。

「ほどほどによ。午後は実機訓練するんでしょ?」

「生身は生身、アームドスキンはアームドスキンだ。生身の組手が一番σシグマ・ルーン学習に向いてんだからよ」

「わかってるのよ、タッチが変わってきてる自覚あるもん」


 彼らと同じレベルで格闘体術を学ぼうとしているのではない。主目的はσ・ルーンの学習である。実際に生身でした動作を操縦用装具ギアにラーニングさせて、搭乗時に反映させると初日に説明された。


「でも、激しすぎ」

「同じ動きしねえと意味ねえじゃん」

 理屈はそう。

「疲労度は格段に上」

「そうそう、身体全部使うし」

「爽快」


 メンバーで肯定派の筆頭格はウルジーである。彼女は元から棒術格闘家なので生身での動きもスムースで組手に慣れもしている。次に好むのは猫娘ユーリィであった。

 なので、二人をミュッセルにあてがって、彼女とサリエリ、レイミンの砲撃手ガンナー組がグレオヌスに稽古をつけてもらう。そうでないと身体がもたない。


「好きに動いていい」

「ほんとに実際の戦い方でいいのよね?」


 狼頭は長めのウレタンスティックを携え静かに構える。対して三人はガンタイプの模擬剣を持っていた。


「グリップなんて硬いから当たったら痛いのに」

 銃身部は芯入りウレタンだがグリップは違う。

「僕が痛いと感じるような場所に当てられたら合格出してあげよう」

「合格って?」

「今後はミュウとの組手は免除」

「本気出す!」


 ビビアンからグレオヌスに向かっていく。トレーニングルームの床は滑りにくい材質なのでスライディングはできないが、その分動きにメリハリがつく。ターンやスピンなどはし易いから次の動作に移りやすい。


「バン!」

「みえみえ」


 飛び込んで急停止。顔面に向けた銃口の前にはスティックがかかげられている。発声で射撃を宣言してもガードされた形。

 単なるフェイントは捨てて銃身を振りながら相手の右脇に入る。射線に入れる前に柄頭で叩かれ逸らされた。しかし、それもフェイント。目的は抜けた先での打撃。


「せいや!」

「甘い」


 軸足の膝裏を狙ったグリップエンドの一撃はターンしたグレオヌスに手首を叩かれてお終い。柄頭を使わせたのは崩しとして弱かった。


「なら」


 ステップアウトして照準する。ガードの動作をさせたかったが、彼は掻いくぐるように詰めてきた。迫る横薙ぎをさらにステップアウトで避ける。体勢をキープし続けるのは無理なので模擬銃を抱え込んで後転、距離を得て再び照準した。


「おお!」

 観客も感嘆の声。


「バン!」

「駄目。崩しが入ってない」


 気づいたときにはグレオヌスの踏み込みが真横まで来ている。上から肩口をポンポンと叩かれてそれ以上は続けられないと覚らされた。


「意表は突けてるけど、もうひと工夫入れないと」

「うー、悪くないと思ったのに」


 入れ替わりにサリエリとレイミンの番。ショートレンジ専門じゃないので二人でワンセット。グレオヌスに挑みかかっていく。


(あっちは?)

 もう一方をうかがった。


「だだだだだ!」

「無茶苦茶じゃねえか」


 ユーリィがひたすら両手のウレタンスティックを振りおろし、それをミュッセルが掌底で迎撃していた。全てグリップエンドを打たれているが、猫娘は力任せで引き戻している。


「小細工は通用しないのにゃ! パワーこそパワーにぃ!」

「抜かせ」


 しかし、実は出鱈目でも無防備でもない。ユーリィは互いに拮抗した状態を作ると、いきなり踏み込み足で前蹴りを放つ。完璧に死角を突いたかに見えたがミュッセルはつま先を右手で絡めて奪い、肩に乗せてひねる。それだけで猫娘は倒された。


「んぶっ!」

打撃格闘家ストライカーにこんなことさせんなよ」


 背中に馬乗りになると、片足を抱え込んで逆反りに極められている。さすがに痛かったか、ジタバタと暴れたユーリィは程なく力尽きた。ミュッセルはひたすら元気な彼女から体力を奪う戦法で対処している。


「交代」

「ダウンだにぃ」


 フラフラになった友人とタッチを交わしてウルジーが前に出る。もちろん170cmはあるスティックを携えてである。


(まだもってる?)

 視線を戻す。


 サリエリたちはグレオヌスに足払いされてコロコロと転がっている。二人もミュッセル組手から逃れられそうにない。


(この二人と素手でまともに渡り合えるのはウルジーだけかぁ)


 ビビアンはミュッセルとウルジーの組手に注目した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る