四天王フローデア・メクス(9)

 ユーシカ・アイナルは類を見ない強敵を前にしている。勝利を得るには自身の最大限の力を用いねばならない。しかし、それは兵士であった頃に戻るに近しい。抵抗があるのに、彼女に中に湧いた感情は歓喜だった。


(こんな凄い敵手になどなかなか出会えるものじゃない。全力で戦いたい。でも、それはエイクが嫌がる私になること)

 葛藤がある。


 愛情がある。逃げたという負い目がある。それなのに、自分の力が疎ましいとは思えないでいる。捨てきれないのは、自身にどこか幻滅しているからだろう。


(どこに在ろうと私はアームドスキンの一部でしかないのか。変わりたくとも逃れられない運命なのか)


 対する少年の純粋な戦気までをも、血塗られた人生を歩んだ彼女が汚してしまいそうで怖ろしくもある。彼をも巻き込むのは本意ではない。


「もう考え込むような局面じゃねえだろ? 走っちまえよ」

「しかし」

 見透かされた気分になる。

「俺様はそんなに弱くねえ。壊れたりしねえから全力で来い」

「そういうことじゃ……」

「そういうことじゃん」


 間違っていない。ミュッセルの中には確固としたものがある。ユーシカがどう在ろうと変節などしないという。


(負う覚悟などとうにすんだ。少年も同じだと。ならば!)


 自然と身体が動く。彼女の中で芽生え育ったものは、どれだけ時間を経ようとも枯れたりはしていない。如何に疎ましく感じていたとしても。


「ひゅっ」

「っらぁ!」

 一呼吸でブレードが走る。


 拳がうなり、力場の刃と噛み合う。激しい紫電が舞い狂う。危険で残酷なのに、いつ見ても美しい光景だった。いつしかユーシカはそれに酔っている。もしかしたら、ずっと覚めていないのかもしれない。


「はあぁ!」

「っしゃあー!」


 剣閃が舞い、ひるがえっては踊る。青白い残光は空間を彩り輝かせていく。それは破壊をもたらす光でしかないのに人々を魅了する。欲望の根底にあるなにかに触れて目覚めさせる。


「っくぅ!」

「るぉああー!」


 獣のように少年が吠える。原初の感情に身を任せているのか。危うげに思えるのに、どこか正しいとまで感じてしまう。それが人の原動力の一つなのだと思わせられる。


「んんっ!」

「まだまだぁ!」


 セーブしきれない力がブレードに宿る。ミュッセルの戦気に誘発されたかのように。感覚がますます鋭敏になっていく。レイ・ソラニアの足がリングの土を食む感触さえペダルから伝わってくるかの如く。


「しっ!」

「んおぁ!」


 ほとんど共振現象のようにボルテージが上がっていく。無数にぶつかり合う刃と拳が瞬く二人だけの世界。余計な感情など不要。思いきり振りおろす斬撃に、空気さえ斬り裂く拳打が衝突した。


「はあぁっ!」

烈波れっぱぁ!」


 噛み合った力場が紫電球のスパークを弾けさせた。信じられないことに一撃の拳がブレードをも打ち砕く。過負荷を帯びた空気がエネルギーを光に変換して舞った。


「思ってんだろ?」

「なにを?」

「もし、ヴァン・ブレイズみてえなアームドスキンに乗ってたらって」


 指摘されて初めて気づいた。確かにそのとおりだった。お仕着せの機体ではなく、専用機であればどこまで戦えるのか、と。


「……だが、私はいつのときも任された機体に最大の働きをさせるのが仕事だった」

 コクピットに身を置いたときから。

「もっと望め。ここはそういう場所だろうが」

「いや」

「ここはアームドスキンを研ぎ澄ませるためにある。パイロットは望みをそのまま口にすればいいんだよ。それでこそ活きるんじゃね?」


 ユーシカ始めワークスチームに所属する誰もがテストパイロットも兼ねている自覚がある。提供されたアームドスキンに最大限のパフォーマンスをさせるのが仕事だ。それは戦場でも大きくは変わらない。

 しかし、ミュッセルは違うと言う。テストの場だからこそ貪欲であっていいという理屈はわからなくもない。命懸けではないのだから冒険をしていい場所なのだと。


「理想を高く持てよ」

 拳とともに打ち付けてくる。

「許されるんだから望め。自分じゃ確かめられないエンジニアはそれを待ってる。もっと凄いもんを作りてえって欲望を叶えてくれる意見をよ」

「我儘を言えというのか」

「ちゃんと力を示した奴なら権利があるじゃん」

 単なる我儘ではないと。

「刃はよく斬れるほど便利だろうが。どう使われるかなんて考えだしても意味ねえんだよ。研師は研ぐことだけ考えてりゃいい」

「そうかもしれないな」

「そうなんだっつってんじゃん」


 実に単純明快だ。少年の芯ははっきりとしている。だから、これほどの戦気を放てる能力を持っていても、それに決して飲まれることはないのだと理解した。ミュッセルは自身の見定めるもの以外を見るつもりが欠片もないとわかる。


(私は自分をよく斬れる刃だと思っていた。どう使われるかも自由だと。そんな生き方しか知らないし、他になにかできるとも思ってなかった。勘違いだったのか)


 今は作る側の人間なのだと気づかされる。破壊するしか能がないのではない。それは彼女の心を信じられないほど軽くした。


(こんな私でも未来に貢献できるなら)


 心の軽さは、ユーシカの新たな力となってアームドスキンに伝わるかのようだった。

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