四天王フローデア・メクス(10)

 エイクリン・ヌージットは唖然としていた。


 恋人のユーシカがまとっていた重厚感は彼女を『女帝』と呼ばせるに足りるもの。ただし、それは重くのしかかる過去を背負っているからだと彼は知っている。一緒に背負えるパートナーでいたいと願っていた。


(それなのに、今のユーシカはあんなにも軽い)


 チームカテゴリ最強と謳われる剣闘技は健在である。だが、彼女をよく知っているからこそ変化も感じられる。無駄を削ぎ落としながらも、舞うような洗練された剣筋だ。

 チームメイトのボズマのような派手さはない。駆け引きを伴う足運びは刻み合うような激しさもある。ダンスのそれには程遠いのに、どこか美しさを醸しだしていた。


「困りものだな、ミュウにも」

 どこか上の空なのに、対している少年は苦笑いで加減している。

「本気になんてなれないでしょう? あっちが本当の勝負ではオマケでしかない」

「俺には彼女をあんなふうにできなかった」

「悔しいでしょうけど現実です。同じステージにいるものでしか成し遂げられないことがある」

 グレオヌスは呆れ気味に言う。

「ミュウの困ったとこがそれなんです。見込んだ相手は、自分と同じ場所に引き上げようとする。結果、強くしてしまう」

「そうか、俺は別の場所に連れて行こうとしてただけなんだな。ユーシカの気持ちを置き去りにして」

「あの人の本質を、というべきでしょうか。似た者同士に見えませんか?」

「妬けるな」


 エイクリンはどこか安心している自分に気づいた。


   ◇      ◇      ◇


「君はどこに行こうとしている?」

 ユーシカは訊かずにいられなかった。

「その歳で自身の在りようを決めて窮屈じゃないのか?」

「在りようを決める? はっ、自分探しなんてしてる暇あるかよ。俺はもっとでっかいもんを欲しがってるんだぜ? 寄り道してる時間はねえ」

「見定めているか」


 ブレないで突き進む。なにもかもがミュッセルにとっては準備だというか。


「在り方なんて手段でしかねえだろ? 夢があんなら、それに向けて自分を磨いてくしかねえ」

 迷いに捕らわれがちな年頃だというのにずいぶんな言いようである。

「迷ってばかりいる大人が愚かしく見えるか」

「別に。生き方なんて自由じゃん。俺は一度きりの人生を思いきり生きてみてえだけだ。夢でもなんでも全力全開でな」

「うらやましいな。いや、いつでも改められるな」

 少年は「おう、誰でもな」と応じた。


(自分とちゃんと向き合うだけでいい。私ももう逃げない)

 ミュッセルとも真剣に向き合いたい。


 ユーシカの斬撃はもう簡単に打ち負けたりはしない。激しい拳打が向かってこようとも柔軟に受け止められる。次を見据えて。

 鋭く舞った手刀がブレードを巻き取ろうとする。剣筋を変化させて押し留めた。今は一つひとつの動作が少年との会話のようであった。


「こんな世界があったのか。楽しいな」

「悪くねえだろ。でもな、いつまでも浸ってらんねえ。こいつは勝負なんだ」

「そのとおりだ」


 互いに一歩引く。ヴァン・ブレイズが腰だめにした両の拳に戦気が凝縮されていくように見える。彼女もブレードグリップに全てを乗せるつもりで溜める。


「リクモン流奥義『絶風ぜっぷう』!」

「来い!」


 目にも止まらぬ無数の拳打を勘だけで受け止める。フィットバーに返ってくるアクションフィードバックだけが成功を伝えてきてくれた。


(が、力は君のほうが上だったな)


 飽和し超えていく。装甲が衝撃音を奏で鳴く。そこに機体システムのアラートメッセージが重ねられ終わりを告げた。


「ユーシカ選手のレイ・ソラニアが損傷超過ー! ノックダウンだぁー!」


 リングアナの声はユーシカに満足感をもたらした。


   ◇      ◇      ◇


「どうします?」

「待ってくれ」

 グレオヌスの問いにエイクリンは答える。

「俺にもユーシカにも少し整理する時間が必要だ。ここは退かせてもらってもいいかい?」

「かまいません。あなたの勇気ある決断を称賛します」

「ありがとう。チーム『フローデア・メクス』はギブアップを宣言する」


 意外な幕切れにしばらく静まり返ったアリーナがざわめく。勝敗は決したのだ。


「ギブアップだぁー! チーム『ツインブレイカーズ』、なんとなんと四天王斬りを達成ー! 炎星杯優勝ぉー!」


 ドームの天井近くに祝いの3D文字が踊るとともに色とりどりの花火が表示される。ようやくアリーナの観客も熱狂的な歓呼をする。


(次こそもっと強くなって相まみえることとしよう)


 エイクリンに無念の思いはなかった。


   ◇      ◇      ◇


「うわ、とうとう優勝しやがった」

 研究所の所員はライブパネルを消しながら顔をしかめる。

「フローデア・メクスだけは負けないと思ったのによ」


 ハイベッドチケットがふいになった。ほとんど外出も許されない彼にとって数少ない娯楽だというのに。


 夕刻の今は所長の姿もない。進行報告の会議だと言っていた。所員と、そして幾重にも施された透明金属隔壁の向こうの巨大な異様だけ。


「はぁーあ、つまんね」


 目を逸らした瞬間、側頭部に軽い衝撃があって彼の意識は途絶えた。

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