四天王フローデア・メクス(8)

(ユーシカ……)

 エイクリンは愕然とした。


 彼女が本気の戦気を放てば、200m離れた反対側でも察知できる。それほどまでに強烈な気配だった。


(そこまでの相手だというのか)

 胸が痛む。


「ああ、そうですか。そうなりますか」

 グレオヌスが納得の声を出す。

「技法の一つではありますけどね」

「やめろ。やめてくれ。彼女を戦場に引き戻すな。少しは薄れてきたというのに」

「は? そんなふうに感じてるんですか?」

 狼頭の少年は困惑している。

「あれはリングに必要ないんだ。人を変えてしまう……」

「勘違いですよ。あくまで技術です。出し入れをコントロールできないと飲まれてしまうかもしれませんけど」

「だが」


 鬼気迫る戦場で歯止めが利かなくなって死んでいった戦友を思う。科学的には脳内物質が過剰になっている状態だと思われる。しかし、自身を保つのさえ難しい、危険な状態なのだ。


「心配ありませんよ」


 グレオヌスの言葉は単なる気休めとしかエイクリンには思えなかった。


   ◇      ◇      ◇


 ユーシカのレイ・ソラニアはシンプルな斬撃を放つ。過大なバックスイングと無駄に長いストロークで。しかし、敵にとっては危険な一撃だと認識されているはずである。

 事実、ヴァン・ブレイズはこれまでのように簡単に受けにまわらない。するりと大きめに上半身を揺らして避けている。実際以上に破壊的なプレッシャーを感じていることだろう。


「来やがったな。いいぜいいぜ。視界が金色に染まってくじゃん」

 意味不明なことを言う。

「混乱しているか。精神こころが持っているうちにギブアップしたまえ。当たったところで死ぬわけではないが」

「まあな。だがよ、そんなもんでいいのかよ」

「なんだと?」


 ステップバックしたヴァン・ブレイズが改めて構えを取る。彼女も手を止めた。戦気は放ったままなので巨大に見えているかもしれないが。


「楽しもうじゃねえか」

「な!」


 ヴァン・ブレイズから巨大な戦気が巻きあがる。それはまるで赤い霞のようだった。人の形を持たない、真紅の霞が周囲を包んでいく。その中で、ただ並行三連カメラアイの双眸だけが金色に輝いている。


「くっ」

「さあ、本番だ」

 ミュッセルは嬉しそうな声音で誘い掛けてくる。


(なにが『紅の破壊者』だ。とんでもない)

 大きな勘違いをしていたと知る。

(好きで壊してたんじゃない。敵を殺さないために壊してただけじゃないか。こいつはそのつもりになれば、いつでも相手を殺せる度胸と覚悟がある。そうでなければ、こんな戦気は持ち得ない)


「自分に飲まれねえ気構えがあるからって油断すんなよ? 嘗めてっと俺様の戦気に飲まれんぞ?」

 赤い霞をまといつかせながら真紅のアームドスキンが歩み寄ってくる。

「君はいったい……」

「ああん? 達人の域に近づけば自然に身に付くもんだろうがよ。今さらなに抜かしてんだ」

「なにが君をそうさせた」


 ユーシカは悲痛な思いに捕らわれていた。


   ◇      ◇      ◇


「なぜだ。なぜ、こうなる」

 エイクリンは心が張り裂けそうだった。

「ミュウ君までもが。余計に悪い」

「大丈夫です。ちゃんとコントロールできてますから。あれは、もう一つ上のステージの戦い方なだけではないですか」

「そんな馬鹿な」


 グレオヌスは簡単そうに言う。ユーシカがあの領域に行ってしまったとき、彼はひどく苦労して引き戻したものだ。


(感じ取れていないだけか? それにしては話が通じる)

 理解に及ばない。


「ある種のテクニックにすぎません。僕も父のあれには苦労させられたクチです」

 その瞬間、気配が変わった。

「君までもか?」

「自分の中で一つギアを上げるようなものです。多少は消耗しますが、慣れれば維持も難しくはありませんよ」


 対峙している機体が大きく見える。ユーシカが言っていた「戦気」が膨れ上がっている状態だ。彼も気圧けおされる。サラやベスに至っては縮みあがっているのだろう。ビームも飛んでこなくなった。


「感覚も鋭敏になりますから要注意です。機体との一体感も増しますし、悪くはないんですけどね」

「だが、あの状態で戦えば……」

「問題ありません。互いの呼吸を……、いえ、見ていればわかりますよ」


 エイクリンはレギ・ソウルに今や対し得るとも思えなくなっていた。


   ◇      ◇      ◇


 エナミはなにが起こっているのかわからなかった。ただ、フラワーダンスの他のメンバーたちが一斉に仰け反ったので奇妙に思っただけだ。


「どうしたの、みんな?」

 首を傾げて見る。

「い、いいの。感じられないなら、そのほうが幸せ」

「そうにゃー。こんなの寿命が縮むのにー」

「圧迫感」

 皆、ぎこちない動きで伝えてくる。

「ミン?」

「ちょっと待って。動悸が収まるまで」

「ミュウの馬鹿。こんなもんまで隠し持ってやがったのね?」


 ビビアンは苦しそうな、それでいて悔しそうな面持ちでいる。ただし、リング中央から目を離せない様子だ。まるで油断すると撃墜されてしまうときのような緊張感を放っている。


(パイロット特有の感覚なのかしら。共有できないの、なんかちょっと面白くない。この試合、どうなっちゃうのかな?)


 エナミは勘違いしたまま試合観戦に戻った。

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