カウントダウン(1)

 週末の早い時間帯の試合なのでフラワーダンスメンバーは朝からクロスファイトドームにやってきていた。着いて早々ラヴィアーナ主任から渡されたのは大きめのトランクケースである。


「名目上は試合用フィットスキンですけど、できれば普段遣いから着てもらえると助かります」

「はい。みんな、そのつもりでね」

 ビビアンはリーダーとして全員に確認を取る。


 ケースの中身は基本的に宇宙服とされているフィットスキン。これとヘルメットのセットでほぼ真空の宇宙空間に出ても耐えられるものである。

 しかし、彼女らが着て宇宙に出る予定はない。耐刃防爆耐衝撃機能を兼ね備えているフィットスキンだからパイロットスーツとして転用されているだけの話。


「わあ、真っ白」

「イメージカラーのストライプも入ってる」

 めいめいに中身を眺める。


 練習や試合のときのコクピット内はかなり激しく揺れる。ホライズンはマシなほうだが、それでもフィットスキンを着ずに乗れば身体の各所が痣で彩られてしまう。

 これまではヘーゲルの標準品が支給されてそれを着ていた。今回もらったのはワークスチームの正式のものになる。つまり宣伝目的も含めて着ていてほしいという要望だった。


「あの、私のトランクまであるのは?」

 エナミは疑問を投げかける。

「エナのは社服が入っています。儀礼用のものね。だから試合時は着てほしいんです。このとおり、私や副主任も着ています。今後、エンジニアルームに入るときは基本社服で」

「わかりました」

「じゃあ着替えましょう。なんだかエナも一緒に更衣室行くの新鮮」


 これまでパイロットでないエナミは私服であった。あまり華美な服装を避けている様子だったが、エンジニアルームには運営の宣伝スタッフもいる。画像や映像に残る可能性もあるので統一感を求める決定がなされたらしい。


「これで楽になった。今まで同じ服は避けようとやり繰りしてたけど、そろそろネタ切れしそうだったの」

 映像を意識していたとエナミは言う。

「なになに? もしかして芸能スカウト来ちゃうとか思ってた?」

「違います。ヘーゲルの看板を背負ってる以上、恥ずかしい格好はいけないと思ってたの」

「そんなことまで考えてたの」

 サリエリは感心している。

「当然でしょ? 他の方の立場を慮って行動するのは」

「あんまり考えてなかった」

「エナの家だったら可愛い服なんて幾らでもあるのかと思ってたのにー」


 あれこれと話しながら歩いて更衣室へ。着いてから本格的にトランクケースの中身を確認するとフィットスキンが三着出てきた。ちゃんと洗い替えも準備してもらえたらしい。

 首の下あたりには『HARGERヘーゲル』のロゴが入っている。両肩には可愛くデフォルメされた天使のエンブレムも付いていた。


「こういうのポンと支給してくれるあたりが大企業」

 レイミンも感心している。

「安いものじゃないわね、確かに。しかも専用にデザインしてくれるんだから感謝して着ないと」

「そうだけど、問題はー」

「白っていう明るい色な点よね?」

 サリエリとレイミンは顔を見合わせている。

「どうしたの?」

「がっつり陰影付くから身体の線がくっきり。それにストライプなんてもっとくっきり」

「あ!」


 言われて思いつく。撮影用のライトに照らされているなら別だが、コクピット内は基本的にモニタ光しかない。かなり陰影がはっきりしてしまう。文字どおり身体に密着しているフィットスキンは際立たせてしまうだろう。


「気にしすぎだにー」

 ユーリィは呑気に言う。

「リィは種族的特徴として大きくないし、個人差少ないから言えるの。わたしたちはバストの格差社会に放り込まれてしまう」

「サリやミンはいいじゃない。平均的だもの。あたしなんて……」

「だ、大丈夫。ビビも綺麗なラインしてるよ」

 どちらかといえば彼女は負け組だ。

「ウルは……」

「う!」

「なんという迫力」


 チーム内ではウルジーが最も立派なバストの持ち主だった。それなのに無頓着な彼女は思い切りよく着替えをすませている。どうだといわんばかりにポーズまでしていた。さらに強調されている。


(保護用のクッションも入ってるからパワーアップされるけど、あれは反則じゃない?)

 ビビアンは恨めしげに見つめる。


 アンダーウェアだけになった自分の身体を見下ろして絶望的な気分になる。そこにクッション入りフィットスキンを着けてようやく平均サイズになる程度。遺伝子を恨みたくもなる。


「エナのは?」

 それ以上は落ち込むので話を逸らした。

「ちょっとこれは……」

「おー、なかなかに刺激的」

「可愛いじゃない」


 同じく白ベースの社服なのだがスカートがかなり短い。おそらく外見を意識してのデザインであろう。左胸にはヘーゲルのロゴ。同じくパフスリーブの肩には天使のエンブレム。


「これはちょっと。それに今日は膝下スカートだったからタイツ持ってないし。生足になっちゃう」

 恥ずかしそうにしている。

「ぼく、持ってる」

「ウル、お願い。貸して」

「うん。いい。ピンクだけど」

 背に腹は代えられないという様子。


 ショートパンツだったウルジーから替えのタイツを奪取したエナミはやっと着替えに入る。ギリギリ全員が落ち着いた。


(エナにしては迂闊。今日は前もって支給あるって聞いてたのに)


 ビビアンは友人の一面を垣間見て少し嬉しかった。

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