強敵に向けて(2)

 公務官オフィサーズ学校スクールの春季試験は成績に大きく関わる。秋の新学期から半年、それまでの習熟度を計るにちょうどいい時期だからである。

 なので落第点を取ろうものならスポーツクラブや文化研究会の活動などは停止させられる。ミュッセルは所属していないが、クロスファイトの試合の自粛を求められそうだ。


「だいたいこのあたりを押さえておけば、ある程度の点は取れると思う」

 エナミと勉強会中である。

「ポイントはわかったぜ。その場かぎりの付け焼き刃になるがどうにかする」

「レポートは協力できるけどテストは自分で頑張ってくれなきゃね」

「そもそもよ、ちょっと調べりゃ出てくる歴史の内容を憶えろっていわれてもやる気になっか」

 無駄に思えてならない。

「参考になる史実があるのだけ知っていればいいとは思うけど。ちょっと深ぼりすぎるかも」

「だろ?」

「こら。せっかくエナが教えてくださってるんだから文句言うんじゃないよ」


 チュニセルに後ろ頭を小突かれる。勉強しているのはブーゲンベルクリペアのいつものテーブルだ。


「お食べ。お茶もおかわりあるからね」

 お菓子を勧めている。

「ありがとうございます。いただきます」

「うちの安もんじゃ口に合わねえし無理すんなよ」

「安もんで悪かったね」

 それでも、いつもよりいいお菓子が出ているので母親は気遣いしているのだろう。

「うちは母が作るほうが好きなんで、あまり市販品を食べないんです。新鮮で」

「そうかい。そりゃよかった」

「お袋が作ったとか言ったら、俺は尻尾巻いて逃げんぜ」


 余計な一言で本気の拳骨をもらう。エナミがおかしそうに笑うので甲斐はあるが。


「史学はこれで良いとして、明日の法学なんだけど」

 前置きしてくる。

「すまんな。頼めるか?」

「うちでもいい? お母さん、そろそろ外で遊んでほしくて。それだと弟の面倒を見てあげないと」

「お前ん家か。そっちが良いってんなら俺はかまわねえけどよ」

 気楽に応じる。

「お邪魔するのはどうなんだい? 明日もグレイはフラワーダンスの練習に付き合うんだろう?」

「そうだぜ、お袋。あいつ、勉強を苦にしてねえから試験なんて目じゃねえって抜かしやがった。裏切りやがって」

「親御さん、心配しないかい。大事な娘さんなのに、うちの馬鹿なんか家に入れて」


 人聞きの悪いことを言ってくれる。普通に勉強しにいくだけだというのに。


「襲ったりしねえよ。弟いんだしよ」

 そのための場所替えだ。

「十一歳の子供なんて獣の前じゃ無力じゃないか」

「誰がケダモンだ!」

「あははは、大丈夫です。リビングはセキュリティカメラ入ってますから」


 AI検出カメラである。犯罪発生時は自動で通報もしてくれるし、エナミ宅くらいグレードの高い集合住宅であれば、抑止装置も付いているかもしれない。私室以外は完備されていてもおかしくない。


「絶対に自分の部屋に入れちゃ駄目だよ?」

 念押しされている。

「くそ、トイレも借りれねえ空気作んな」

「トイレも一緒に入っちゃ駄目だからね」

「入るか!」

 ころころと笑うエナミにはまいる。

「そんなことより勉強しねえと翠華杯が懸かってんだ」

「そんなことで片づけられるくらい大人ならねぇ」

「自制心くらいあるわ!」


 あまりに心配されるので逆に襲ってやろうかという気分になる。当の本人がまったく気にしてないのも意味がわからない。


「誓って妙なことしねえから大丈夫だ」

「はーい」

 朗らかに応じられる。


 そんなこんなで翌日の勉強会はエナミ宅ですることになった。


   ◇      ◇      ◇


 リフトバイクでスロープを下って地下の駐輪スペースに向かう。カスタマイズでかなり大柄にチューンされた車体だが、高級集合住宅だけあって十分な枠があった。

 σシグマ・ルーンをビルネットに接続して到着を知らせると入口にライトが点く。カメラで顔が認証されて初めて開いた。


(さすがって感じだな。本局長の孫が住んでるだけあるぜ)

 住居としてのセキュリティは最高レベルだろう。


 地下エントランスからエレベータに乗ると勝手に12階へ。廊下では3Dガイドマークが部屋まで案内してくれる。外れると警告されるだろう。


「いらっしゃい」

 メインドアはすぐにスライドしてエナミが迎えてくれた。

「おう、邪魔するぜ」

「どうぞー」

「これ、お袋が持ってけってよ」

 手土産を渡す。

「お気遣いありがとう。入って」

「おー、すげーな」

「そうかな? そうかも」


 床の感触さえ違う。家のメンテスペースのように靴裏を鳴かせるような硬さはない。少し沈むくらいの感触だ。それなのにピカピカである。


(なんつーフロア建材なんだよ。超高級品だな)

 心なしか物足りなささえ覚えるほどである。


 明るい色調の室内は装飾に彩られている。逆に物がなく生活感に乏しいほどだ。収納は極力目立たないように配慮されていると思われる。


「お姉ちゃん?」

 高いトーンで問い掛ける声。

「いらっしゃったから静かにね?」

「ほんと? ほんとにミュウ選手だ! すごい! 握手して」

「お、なんだ?」


 ミュッセルは急なハイテンションに面食らった。

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