マシュリの研究室(3)

「マッスルスリングは見てのとおり繊維の帯みてえなもんだ。化学反応で収縮する」

 ミュッセルは説明を続ける。

「こいつの化学式や配列とかを説明してもわかんねえだろうから端折る。反応する媒体はカリウムイオンだ。維持液内のカリウムのイオンの量で収縮弛緩すんだ」


 グレオヌスでもギリギリついていけるレベルの話。それも前段の筋肉の説明あっての理解である。


「でもさ、筋肉ってのは収縮しかしない。一般のシリンダ構造みたいに圧を掛けたら伸長するわけじゃない。この構造で動くのはおかしくないかい?」

 一見してそう思う。

「よく気づいたな」

「いや、身体を鍛えるうえで生理学みたいなのも学ぶからさ。筋肉は収縮しかしないから、反対側の筋肉、つまり曲げる筋肉を鍛えるなら伸ばす筋肉も同じくらい鍛えないと支障が出る」

「そこいらへんはスポーツ分野でも学ぶとこだな。そのとおりだぜ。だから細工が必要だった」


 ミュッセルはテストピースを二つ取りだす。一つは薄緑色で、もう一つはピンク色をしている。


「こっちの緑っぽいのがカリウムイオンが多くなったときに収縮するマッスルスリング。んで、この赤っぽいのが少なくなったときに収縮するやつだ」

 両方を振ってみせる。

「同じ維持液内にあっても反対の作用をする。だから一本のシリンダで収縮と伸長の二つの動作が可能なんだぜ」

「二種類あるんだ。色分けしてるのか」

「いや、出来上がりがこんな色になっただけだ。組成の違いが色にも出たんだな」

 偶然らしい。

「カリウムイオンの量の操作で収縮度もコントロールできる。見事なもんだろ?」

「確かに。そのイオンの量をコントロールする方法はわからないけどな」

「それはこちらです」


 マシュリが表示させた3Dモデルの一部を指差す。そこには維持液に接するように端子のようなものが置かれていた。


「カリウムイオンそのものを出したり消したりはできません」

 模式的に「K+」と書かれた粒が表示されている。

「そもそもカリウムだけで存在するわけでもありません。化合物として維持液内に溶融しています。その対になるイオンをこの電極に誘引します。結果的に維持液のカリウムイオン濃度を制御できる手法です」

「メッキや蒸着の理論に似てんな」

「僕はそっちを知らないよ」

 似ていると言われても困る。

「ま、そんなもんだと思え。実際にやってみるとこうだ」

「これも試験器かい?」


 小さな水槽内に浸された二種類のマッスルスリング。メイド服のエンジニアが電極の操作をすると緑っぽいほうがキュンと縮む。赤っぽいほうはそのままだ。

 次に別の操作をすると赤っぽいほうが縮む。緑はだらりと弛緩した。電極の操作で交互に収縮が行われている。


「この性質を利用してトルクアクチュエータも作ってる」

 ミュッセルが回転式の駆動機を示す。

「X字の片方が緑で片方が赤じゃん」

「よく見るとそうだな」

「カリウムイオンの量で収縮したほうに回転する。これ一個で曲げる伸ばすの動作ができんだろ?」

 モーターと同様の動きができる。

「ただしモーターみてえに回転はしねえ。一方向に240°までだ。でもな、人体の中にクルクル回転するような部位はねえんだよ、実際の話」

「そうだね」

「だから、このトルクアクチュエータとシリンダタイプの二つで人体の動きは再現できんだ。そういうふうに配置してる」


 表示されたのはレギ・ソウルの肩だそうだ。複雑に両方の駆動機が設置されて、本来の肩の動きに追従するよう動作している。


「ぶっちゃけパワーは従来型の駆動機より出る」

 自慢げに言う。

「補足いたしますと、この仕切りのようなコアリングやコアプレートを用いることで作動量を増加させるとともに出力も積算される構造となっています」

「そこんとこは頼んだ」

「マシュリに考えてもらったんだね?」

 親友は手柄の横取りはしないと胸を張る。

「ミュウはマッスルスリングの原案と組成構築です。協同して二つの機構を完成させました」

「前に言ってた悪巧みってこれのことだったのか」

「表に出さねえ研究ってのもずっとやってる。それをやんのがマシュリの研究室ってわけだ。こいつがなかなかの金食い虫でよぉ」


 研究開発というのは莫大な資金が掛かるものだとマシュリに説き伏せられている。ミュッセルは苦い顔をしながら黙って聞いていた。幾度となく交わされた会話なのだろう。


「一応は完成したんだよな?」

 実機に組み込んでいる。

「これの特許パテントを取って売り出すんじゃないのかい?」

「いや、当面は売る気はねえな。自分で乗るのに必要だっただけで儲けようとは思ってねえ」

「だけどさ、この新型駆動機は高出力軽量化を実現してる。欲しがるところは少なくないと思う」


 パテントに関しては無数に持つ母のことを思えばそれだけで莫大な資産になる。彼がなに一つ苦労しないですんでいるのはそのお陰だ。


「今んとこどんくらい維持できんのか試用中なんだよ。場合によっちゃ、メンテ含めたランニングコストが馬鹿になんねえかもしれねえ。お勧めできるかはどうだろ?」

 首をひねっている。

「レギ・ソウルのことはご心配なく。ミュウの資金で維持できますので」

「俺の金かよ!」

「お願いします、マシュリ」


 グレオヌスは親友は放っておいてエンジニアに協力を請うた。

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