マシュリの研究室(1)

 居住スペースの最も奥まった場所、そこはブーゲンベルク夫妻の部屋があり、グレオヌスがほとんど足を運んだことがないところ。廊下の反対側にもドアがあり、インターホンもないロックパネルしか付いてなかった。


(そういえば不思議に思ったことがなかった。彼女が出入りしているから自室なんだろうとは思っていたけどさ)


 マシュリはゼムナの遺志の生体端末である。睡眠が必要かどうかも彼は知らない。なにせ養い親のシシルは生体端末を作っておらず、3Dモデルだけで接してきたからだ。


(部屋がある以上は眠っているのか?)

 先導してロックを外す彼女を見る。


 ドアがスライドして開き、マシュリを先頭にミュッセルも入っていく。招かれた以上は大丈夫だと思って足を向けるとそこは室内でなく薄暗い階段だった。踊り場もあって、さらに下に通じている。


「まさか地下とは」

 階段を降りつつ話し掛ける。

「敷地はそんなにでっかくねえだろ? 上じゃ場所確保できねえから下に作ってる。元はろくに使わねえ製造フロアだったんだ」

「修理の?」

「おう、手足ぐらいは請け負ってた。赤字になるからやめちまったがよ」


 今は組付け一本にしたらしい。なので遊んだフロアをマシュリに開放したのだそうだ。


「ここはマシュリの研究室ラボって呼んでる」

 室内を指さしながらミュッセルが言う。


 敷地分の広さがあるオープンスペースだった。支柱が数本あるだけで、ブーゲンベルクリペアの上屋と同じ面積の空間が広がっている。しかも天井はかなり高い。


「そうか。ここでヴァンダラムを組んでいたのか」

 自動製造機械がずらりと並んでいた。

「かなり大物も建造できるようになってっからよ」

「うん、ベッドもあるね」

「一回組んでバラして置いといたんだろ。人が悪いぜ」


 アームドスキンが建造できるくらいの工作ベッドがある。多数のアームが天井から吊り下がっていた。

 その横には幾つものコンテナも設置されており、中身がなにか訊くのも怖ろしい感じがした。前にレギ・クロウのパーツも作れるようにすると言っていたのはここのことだろう。尋ねてみようと口を開きかけたグレオヌスはそこで止まる。


「マシュリ、あなたは……」

 見慣れた物を発見してしまったからだ。

「ここに置いているんですか?」

「ええ、なにか問題でも?」

「もっと安全管理をなさるべきです」


 それは直径5mほどの球体。ゼムナの遺志の本体である。中身は有機チップの集合体だ。いわば人間の脳と同義である。

 他ならぬグレオヌスだから知っている。シシルの本体は戦闘艦シシラーレンの最も奥に設置されているのだ。彼ら家族しか入れない厳重な区画に。


「ミュウがいて、わたくしもおります。ここ以上に安全な場所とは?」

「そうですけど」


 ゼムナの遺志の本体が確認されているケースはわずか二件である。シシルの場合は事情が許さなかっただけでしかない。本来は安全上、別の場所に隠されている。フレニオン受容器レセプタという距離も時間も関係なくさせる器官が存在する以上は問題は生じない。


「そいつがなにか知ってんのかよ?」

 親友は何気なく言う。

「君は知らないのか?」

「知らね。マシュリの持ち物は知らねえもんばかりでよ、いちいち気にしてねえ」

「別にいい。ただし大事なものだから死守するのをお勧めする」

 少年はあきらめた。

「そっか。もっとも、ここに置いてるもんは易々と持ちだしていいもんなんてねえから安心してくれ」

「話の流れからして君の虎の子なんだな?」

「まあな。おいそれと口に出せねえ代物ばかりだ」


 研究室ラボのさらに奥へと進んでいく。そこの一角だけ機械加工とは無縁そうな場所になっていた。グレオヌスも詳しくはないが、まるで科学実験が行われている雰囲気である。


「これは……、さっぱり」

「わかんねえだろ」


 縦置きの透明なチューブの中でなにかが撹拌されていたり、一抱えもある水槽の中に繊維状の物が漂っていたりする。比較的身近な物といえば円盤状のケーシング。超電導ステッピングモーターと呼ばれる駆動機に類似している。


「どう……、いや、なんだ?」

 ただし、透明金属でできていた。

「模擬的に透明金属窓キャノピーと同じ素材で作ってる。中の動きを見るためによ」

「動いてる。でも、これはモーターじゃない」

「おう、モーターじゃねえ」


 円盤の中心を回転軸スピンドルが貫いている。そこまではモーターと同じだ。ところが中は二重構造になっていて、別の仕切りが円周の中間に組み込まれていた。

 ケーシングと仕切り、仕切りとスピンドルは別個にベルト状のもので繋がっている。それは直線的ではなく、交差してXの字が円弧を描くように幾つも並んでいた。交互に伸縮することで中央のスピンドルを180°回転させては戻る動作をくり返している。


「耐久試験中だ。こいつはもう半年動きつづけてる」

「もしかして、これが開発した駆動機?」

 レギ・ソウルにも組み込まれているという物。

「もしかしなくてもな」

「あのベルトはもしや?」

「おう、新型の人工筋肉繊維だ」


 当たり前に言うのでグレオヌスの顎は開きっぱなしになってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る