グレイの家族(3)

 休憩後に作業に戻ったミュッセルをチュニセルは眺めている。手伝うグレオヌスに妹のへーリテもついていった。


「こんな暮らしをしていたか」

 ブレアリウスは静かに見つめている。

「ごめんねぇ。うちの息子がなし崩しにこんなことにしてしまってさ」

「いや、逆に落ち着いただろう。ここの空気は艦の機体格納庫ハンガーに似ている」

「ずっと遊び場にしていたところと変わらなかったから嬉しかったと思う」

 夫婦して肯定的だ。

「でも、仕事まで手伝わせてしまうのはね」

「やることがあるのは良いこと。整備士メカニックの本当の苦労を今、身をもって知っているところかしら。夫が高い地位に就くほどにグレイはそれなりの扱いを受けるようになってしまう。こんなに分け隔てなくとはいかないもの」

「勉強させてやってほしい」


 デードリッテは息子が少し孤独を感じていたのではないかという。彼女も子供を産むにあたって地上に降りることも考えたそうだが事情が許さなかった。なにより夫と離れて暮らすのを苦痛に感じた。

 環境は整えられたので子供たちも艦で育てられたが、いかんせん同年代の子供など周りにいない。教育はどうにかなっても情操のほうは学びにくい。大人の中で育ててしまった弊害は少なからずあるだろうと思っているらしい。


「あれはどうか?」

 狼頭の戦士に暮らしぶりを訊かれる。

「生真面目だ。もう少し子供らしくていいと思った。最近は砕けてきたか。自分のやりたいことをはっきりと言うようになった」

「よい傾向だ。自分を抑えて生きることを憶えてしまっていた」

「早く大人になりすぎたか。息子の悪いとこを真似せねばいいかと思っているが」

 ダナスルも注意は払っているようだ。

「うむ、激しいな。あのくらい激しいと周りも巻き込もう。が、息子に足りないものでもある」

「ああ、意外とバランスが良いのではないかとも感じた」

「外を知ればと思って送りだしたが留学は正解だったらしい」


 彼らの懸念を補う場所であれたなら僥倖である。パズルのピースがピッタリと合うように息子とグレオヌスは引き合った。引き剥がすのは良くないとチュニセルも思っている。もう自分たちで成長していける年なのだ。


「期間中はお任せしてもいいかしら?」

 デードリッテは嬉しそうに微笑む。

「うちは問題ないよ。あの子が馴染んでくれて家だと思えるようなら嬉しいね」

「恵まれてよかった。変に有名人の子に生まれて屈折しなければいいとずっと感じてたんだもの」

「そんな子じゃないよ。素直に真っ直ぐ育ってる。うちのみたいに剥き出しのまま育つと手が付けられないさ」

 肩をすくめる。

「彼のような人は必要。ぐいぐいと引っ張って時代を変えていく存在」

「そんな大層なもんかねぇ」

「なんとなくわかるの。一時期の夫がそうであったように」


 デードリッテは、チュニセルには理解できない感覚を持っているようだった。


   ◇      ◇      ◇


 制御部まわりの掃除を終えるとミュッセルのヘルメットシールドは霞むほど汚れていた。へーリテはなにが面白いのかケラケラと笑っている。脱いでクリーナーボックスに放り込む。


「着替えてシャワー浴びてきたら?」

 グレオヌスが苦笑いしつつ提案してくる。

「軽く拭うだけでいいぜ。まだ汗かくからよ」

「作業が残ってる?」

「いんや、お楽しみが残ってる」

 ニヤリと笑う。

「親父さん、強いんだろ? 近くに行っただけでプンプン匂うぜ」

「は、父に挑戦する気かい?」

「ちょっと遊んでもらうだけだって」


 テーブルまで戻ってお茶の残りをあおって喉を潤した。チラリとうかがうと青い瞳はこちらを向いている。纏う戦気を読まれているのだ。


「手合わせしてくれよ」

 変な小細工は失礼だ。

「そうか。望むか」

「察してんだろ?」

「わかりやすい」


 狼は自然に笑う。そのあまりに自然な感じが危険なのだ。肉食獣は闘争がノーマルモードなのである。


「グレイ、ウレタンスティックを貸せ」

「本気ですか、父上?」

 親友は及び腰だ。

「少しな。試してみたい。マズいか?」

「いえ、できれば本気で」

「ほう?」


 いつもの場所に道具はある。ウレタンスティックを持ってきたグレオヌスはなにも言わずに渡した。


「失礼のないようにするんだよ」

 母に注意される。

「当たり前ぇだ。加減するとか失礼はしねえよ」

「そうじゃなくて」

「そんだけガタイが良いんだからタフなんだろ?」

 ブレアリウスは頷く。


 左半身でかまえると、すっと先端が降りてくる。微動だにしないスティックが凄まじい圧力を放っていた。


(こいつは違う。本物だ。グレイみてえに混じりけのある剣使いじゃねえ。純粋に剣だけの使い手だな)


 息子と違って格闘融合型ではない。剣一本で全てを片づける実力があると思えた。震えるほどに身体が喜んでいる。


(どう仕掛ける? どこからいっても弾き飛ばされそうな気がすんぜ。これほどの力があると剣の間合いが果てしなく遠く感じちまう。洒落んなんねえぞ、こいつは)


 ミュッセルは長く細く息を吐くと左の正拳を間合いに放り込んだ。

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