グレイの家族(2)

 その娘はグレオヌスに似た顔をしている。口吻マズルはそう長くなく、どこかマスコットのような愛らしさがあった。だから、すぐに親友の家族だとはわかったが空気を和ませるつもりで言ったのだ。


「だって、こんなに褒められることなんてないんだもん」

「確かに僕はなにも言わない。でも、お前を可愛いとは思ってる」

「えへへー」


(これを引きだしたかったってのもありそうだぜ)

 まだジンジンする脳天をさすりながら思う。


「彼女はへーリテ。僕の妹だ」

 グレオヌスが紹介する。

「やっぱりか。だと思ったぜ」

「彼がミュウ。ミュッセル・ブーゲンベルクだ」

「お兄ちゃんがお世話になってます。妹のへーリテです。リッテって呼んでください」

 ペコリと頭を下げる。

「おう、リッテな。幾つだ?」

「十三歳」

「ぐ……」


 言葉が続かない。なにせ撫でまわしてはいたものの身長は若干負けている。頭頂には手を伸ばさなくてはならない。


「そそそ、そっか。十三な」

「そこまで動揺するか?」

 相棒にツッコまれる。

「彼なんですね。ほんとに女の子にしか見えない」

「やめてやってくれ。センシティブな部分なんだ」

「もうあきらめたぜ」

 ため息とともに首を落とす。

「順番が代わってしまったが父のブレアリウスだ」

「お前がミュウか。慣れぬ地に息子が馴染めたのは助かっている」

「親父さんな。しっかし、すげーな」


 完全に狼の頭部をしている。全体に作りが大きく、顎など彼の頭がゆうに入ってしまうだろう。もちろん果物を潰すくらいの感覚で噛み砕けてしまいそうだ。


「リィなんて人間に近いほうか」

 猫系獣人パシモニアの友人を思い起こす。

「父は同じアゼルナンでも先祖返りなんだ。多数派は僕みたいにマズルが短い。妹もそうだろう?」

「そうなのか? だがよ、姉ちゃんは普通の人類種サピエンテクスじゃん」

「姉じゃない。母だ」


 ブレアリウスの隣でにこにこと笑っている人をまじまじと見る。グレオヌスくらいの息子がいるようには全然見えない。


「ありがとう、ミュウちゃん。母のデードリッテです」

 こちらは彼とほぼ同じ身長である。

「ちっさ!」

「ちっさ言うな! 返すがえすも息子が失礼を」

「いいんですよ」

 二度目の拳骨爆撃を食らってしまう。

「おおお……」

「さすがにフォローできないな」

「こっちにどうぞ。汚いところだけどね」


 チュニセルがテーブルに案内する。彼らの訪問は知らされていたのでお茶の準備はしてあった。


「するってえと、なんだっけ? 『銀河のなんとか』って人?」

 歩きながら訊く。

「そう、銀河のなんとか。よかったらディディって呼んでね」

「わかった、ディディ。グレイとは仲良くしてやってる」

「ええ、ありがとう」

 次の拳骨は回避した。

「待てよ。だって、こいつ、俺に告りやがったんだぜ?」

「悪かったとは思ってる。忘れろというのは無理だろうけどさ」

「仕方ないね。こんなに可愛いんじゃ」


 デードリッテに頭を撫でられた。そうしているとやはり親の顔だ。ミュッセルに手を引かれてパタパタとついてきているへーリテとは違う。

 そうしているとブレアリウスが急に立ち止まる。長身を折り曲げて床に片膝を突いて礼をした。その前には台車を押すマシュリの姿がある。


「ブレアリウス・アーフだ。拝する栄に浴したい」

 銀眼が静かに見おろしている。

「ようこそいらっしゃいました、シシルの子」

「しばらく邪魔をする。お許し願いたい」

「かまいません。が、こちらの家長はわたくしではありませんよ?」

 指摘されると目を見開く。

「申し訳ない」

「そうだな。親父、休憩しろよ」

「いらっしゃったか。わかった」


 ダナスルが作業支持架ワークスリフトで吊られて降りてくる。油だらけのツナギは客を迎える格好ではないが通常営業だ。ハーネスを外して放りだすと歩いてくる。


「っと、悪かったな。手も洗ってない」

「かまわぬ。職人の手である」

 握手してから失敗を覚っている。

「ったく、男どもはこうなんだから。二人とも手を洗ってきな」

「うちの人がすみません」

「いいんだよ。うちこそこんなんだから不作法は許してくれるかい?」

 父親を追いやってから母親同士の面会だ。

「普段はわたしも似たような環境で仕事してるもの。気にしないで」

「そう言ってくれると助かる。大したもてなしはできないけど、歓迎するよ」

「ありがとう」


(できた人だな。すぐにお袋の調子に合わせてきた。変にかしこまった気遣いしねえでいいようにな)

 コミュニケーション能力に感心する。


「こういう人じゃねえと、これの旦那は無理だよな」

 狼を見あげる。

「あら、どうして?」

「なんでって、ガチガチに硬そうじゃん。包容力がねえと難しくね?」

「見た目のわりに繊細よ。心は豊かなの」

 友人より頭ひとつも長躯の人物はそうは見えない。

「慣れないと無理だろな。グレイの表情がわかるようになるまで時間掛かったし」

「お前は非常にわかりやすい」

「なんだ? 俺、馬鹿にされてる?」


(今のは笑ったってわかったぜ。慣れねえ奴が見たら牙剥きだしたって怖がるかもしんねえがよ)


 ミュッセルはバラエティ豊かなグレオヌスの家族を面白そうに眺めた。

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