グレイの家族(1)

 シシラーレンは星間G平和維P持軍Fでも屈指の戦闘力を誇る艦である。普通はそれが星間管理局本部があるメルケーシンに入港するとなると只事ではない。しかし、今回ばかりは任務に関わることではなかった。


「では、上陸休暇とする。総員、楽しめ」


 第一遊撃艦隊サムエル・エイドリン司令が号令を掛けると乗員クルーは敬礼をして散っていく。GPFでも一の切れ者司令官と呼ばれる彼の命令ならば全員が遂行に務めるだろう。


「君はどうするんだい?」

 付き合いの長い彼には口調が砕ける。

「息子に会ってくる」

「ああ、そういえば公務官オフィサーズ学校スクールに留学中だったね?」

「うむ、数ヶ月しか経ってないがどうやら面白いことになっていると聞いた」

 彼、ブレアリウス・アーフが答えるとサムエルは大仰に驚く。

「君が面白いと言うとは珍しいこともあるもんだ」

「正確にはメルケーシンが、というべきか。運命とは数奇なものだ」

「含蓄があるね。二週間、楽しんでくれたまえ」


 敬礼をして背を向ける。ワーカホリックの友人が艦から降りるのは数日がいいところだろう。


「行くぞ、ディディ」

「ええ、ブルー」


 家族を伴って地上に降りる。基準重力である惑星ほしの地面を踏むのはなかなかに心地よいものだ。多少は身体が重いがすぐに慣れる。


「お帰りなさい、ザザの狼」

 婦人が迎えてくれる。

「久しいな、ユナミ・ネストレル局長。足労を感謝する」

「歓迎もします、わたしの最強の矛」

「使いたいだけ使え。俺にはそれしかできん」

 彼女が来るには理由がある。

「ディディもお帰りなさい」

「ただいま、ユナミ。問題はない?」

「あなたが協力してくれているうちは大丈夫でしょう」


 長身の局長と妻がハグをすると親子のようだ。いつまでも若々しいデードリッテのほうがおかしいのだろうが。


「GPF特例技術顧問にして星間銀河学術会議理事、『銀河の至宝』たるあなたの協力があればね」

 肩書も建前も多いが、二人が友人なのも事実である。

「わたしの専門分野ならね」

「機械工学、薬学、生物考古学の博士号を持ち、それ以外の分野にも造形の深い人にわからないことがあって?」

「カンニングしてるもん。シシルと繋がりが深いから」

 舌を出すと少女のようだ。

「その彼女もやってきているのだから中央宙港の警備は万全にします。シシラーレンのことは心配なく」

「任せる。俺は居住区に出向く」

「息子さんに会いに行くのね? なかなかの紳士に育っているわ」

「会ったか?」


 意味ありげに微笑む。サムエルと変わらないレベルの切れ者だ。内心など読めるはずもない。


「一度だけ。でも、噂はかねがね」

「そうか。本人に聞くとしよう」

「ええ、ごゆっくり」


 ブレアリウスは握手をして宙港をあとにした。


   ◇      ◇      ◇


 ミュッセルはケーブル端部に測定器を当ててボタンを押す。すぐに結果は出た。


「グレイ、導光率下がってんぞ。ここのあたり、どんだけ交換してねえんだよ」

 数値を示す。

「この74%ってのは低いのかな?」

「すぐに問題出るほどじゃねえがよぉ」

「傷んでるのか」

 反対の端部のミラーカップを外した。

「アームドスキンみてえな駆動部多い機械だとメイン制御部まわりでも劣化早えからよ」

「普通は手を入れないところだからな。四年前の建造以後触ってないかもしれない。民生品で手に入るのかい?」

「うちにはマシュリお手製の軍需オーダーのがある。交換すっぞ?」


 民間ではそうそう手に入らない精度のものがある。制御部まわりの一式を替えたほうが良さそうだ。コネクタもユニバーサル規格品だから問題ない。


「少々お高くなります」

 メイド服のエンジニアが言ってくる。

「かまいません。あとで振替手続きをします」

「では持ってまいりますので」

「頼む。俺はひと通り引っこ抜いとく」


 コクピット奥のメンテナンスハッチから巻いたケーブルをグレオヌスに渡した。今はσシグマ・ルーンのライトだけで作業しているが、ちゃんとした照明を入れたほうが良さそうだ。


「一回降りてマグネットライト持ってくる」

「取ってこようか?」

「どこにあっか知らねえだろ。あんま使わねえからよ」


 人がすっぽり入るような場所となると制御部まわりや機関部まわり。普段はほとんど触らないような場所だ。たまに機関部のプラズマチューブの傷みをチェックするくらいである。


「顔、埃付いてる」

「リングの粉塵だな。掃除もすっか」


 二人でスパンエレベータに乗って降りる。作業は休憩のあとでいいかもしれない。ヘルメットと掃除機、クリーナースプレーがいる。


「あれ、着いちゃったみたいだ」

「あん? 意外と早かったか?」


 表にリフトカーが停まっている。非常に大柄な人物が降りてくるところだった。まるっきり狼の頭が彼のほうを見る。


(お、こいつはすげえな)

 射るような青い瞳を受け止めた。


「っと、おー!」

 別の人物にも注目した。

「すげー! すげー! めっちゃ可愛い! なにこれ? すげー可愛いじゃん」

「え? え?」

「おー、もふもふじゃねえか。なー、お袋、これ飼ってもいい……」

 脳天に拳骨が落とされる。

「この、お馬鹿。他所様のお嬢さんになんてこと言うんだい!」

「か、飼う?」

「満更でもなさそうな顔をするってどういうことだい、リッテ?」


 ミュッセルが撫でまわしている娘はグレオヌスに咎められて困っていた。

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