決勝を前に(2)

 グローハ・ノーズウッドの懸念はフラワーダンスメンバーに留まらず多岐に及んでいた。不慣れな兵器産業に参入した挙げ句に失敗し、マリラ・ヘーゲル会長の名に傷が付くのを最も憂慮したという。


(蓋を開けたら、ただのクロスファイト好きの紳士が出てきてしまうなんて)

 ラヴィアーナはもうどうとでもなれという気分である。


 しかし、そうもしていられない。頃合いとばかりに会長のマリラが近づいてきたからである。


「お疲れさま。素晴らしいアームドスキンに仕上げてくださいましたね? ありがとう、ラヴィアーナ」

 右手が優しく包まれている。

「あなたの希望を叶えることができてわたくしも幸せです」

「私の申請案をお目にしていただけたのですか?」

「ええ、家族の希望ですもの。ヘーゲルは社員を家族として大事にすることで成功しました。昨今ではなかなかそうもいきませんけど、力強い声はわたくしのところにも届けるようにさせていますわ」

 社訓は建前だけではないと説く。

「ありがとうございます。予算だけでなく助言までいただけたのでホライズンは満足できる機体になっております。会長のご期待に添えるよう微力を尽くしたいと存じます」

「ええ、頑張ってね。優勝っていうわかりやすいタイトルがあれば全社を納得させられるとグローハも言っているのです」

「理解できます」


 お荷物と陰口を叩かせない配慮なのだ。そのためには結果が欲しい。もしかしたら決勝まで来たことでフラワーダンスの本契約は決まっているのかもしれない。しかし少女たちの士気を削ぐようなことは迂闊に言えない。


「皆が一丸となって優勝を目指しております。パイロットの意気も上がっておりますので」

 ビビアンたちは何度も頷く。

「素敵なワークスチームになったのですね? 喜ばしいこと」

「しかし相手は『デオ・ガイステ』ですか。来るとは思っていても、できれば避けたかったですな」

「そんなに強いの、グローハ?」

 さすがにマリラは疎いようだ。

「女子チームとしては格違いですな。ガイステニア社も資本力を笠に大胆なことをしてくれます」

「幾つもチームを抱えているとは聞き及んでますけど」

「確かにクロスファイトは実験場です。間違ってはいないのですが、女王杯優勝を独占されるのはいただけない」


 シーズン前期後期合わせて六連覇中である。黎明期を除いてほとんどをデオ・ガイステに持っていかれていた。


「選手が動かないのはパイロットにとっても良い環境の証拠でしょう。ヘーゲルチームでもそのようになさって」

「お心のままに」

「このアームドスキンは成功させたいのです」


 マリラの目になにかがよぎる。大きな思い入れがあるように感じた。


「わたくしには天使の加護がついているのですよ、ビビアン」

「そうなのですか?」

 急な話題に背筋が跳ねている。

「ホライズンの胸のエンブレム、あれのこと」

「ヘーゲル社のエンブレムですよね」

「あれは幼くして召されてしまった弟なのです。ジノに見守っていてほしくて先代からこのエンブレムを使っています」

 経緯を説かれる。

「叶っておられるかと?」

「ええ、本当に。今回もどこからともなく天啓が降ってまいりましたのよ。ベース設計はそれを元にしています」

「え、ほんとのこと?」


 例え話だと思っていたビビアンは驚きに口調を間違える。マリラは咎めたりはしないが。


「もしかしたらディノと名乗っているかもしれませんわ、その天使は」

 くすくすと笑う。

「あの子も召されたのにね。まだ心が追ってしまっている。情けないと笑われてしまうかしら」

「そんなことは……。色々おありなのですね?」

「若い頃にね」

 心は追憶の彼方へと旅立っているか。

「その天使ってのは違う名前なんじゃね?」

「はい?」

「そいつって、マシュリ、お前のいも……、いー!」


 ミュッセルが耳を引っ張られて暴れている。強制的に黙らされていた。


「天使を信じることをお勧めいたしますわ」

 マシュリが静かに告げる。

「あなたがその加護を正しく用いるかぎりは離れていくことはありませんでしょう。道を誤ればそのかぎりではないとお忘れなきよう」

「ええ、そういたしますわ」

「くそ痛ってぇ! 耳ちぎれるかと思ったじゃねえか!」

 一方は非常に騒がしい。

「それ以上言ったら次はちぎります」

「ちぎるのかよ! お前、俺を出来のいい操縦パーツかなんかだと思ってんだろ? ヘーゲルの姉ちゃんを見習えよ! 家族だと思え!」

「思っておりますよ? 出来の悪い弟は躾けないといけません。ああ、心が痛む」

 空々しい面持ちで言い放つ。


(湿っぽい空気が吹き飛ばされてしまいましたね。それにしても、彼らの関係ってよくわかりませんわ)

 仲が良いような悪いような。ただ信頼関係は間違いないだろう。


「やめなさいよ! 会長さんの前で恥ずかしいじゃない!」

 ビビアンは真っ赤になっている。

「すみません、こんなの友達じゃありませんから」

「違うっつーのか? あんだけ手伝ってやったのに恩を仇で返しやがって」

「その品のないところが我慢できないっていってるの! 少しは黙ってしおらしくしてなさい。そうすれば美少女だって言い切れるんだから」

 売り言葉に買い言葉である。

「お前、言っちゃならねえことを言いやがったな? 俺は立派な男だ。なんだったら、ここで脱いで……」

「すんなー!」


 その様子をマリラがコロコロと笑いながら見ていたのでラヴィアーナは安心した。

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