決勝を前に(1)

 明けてレーネの日。


 碧星杯決勝と女王杯・虹の決勝が昼下がりに予定されているためツインブレイカーズとフラワーダンスは昼前からクロスファイトドーム入りを求められている。ラヴィアーナはやってきた少年少女を手招きした。


「わーい!」

「豪華じゃん」


 皆が集まる挑戦者側サウスサイドにはテーブルとランチが用意しておいた。いつもと違い、ちゃんとしたメニューのホットミールである。少年少女が飛びつかないわけがない。


「今日は社が用意してくださいました。これで英気を養って決勝に臨んでくださいね?」

 開発部が手配したものではない。

「悪ぃな、俺たちまで」

「協力への感謝の印です。遠慮なく」

「いただきます」


 結構な量だが育ち盛りの彼らの敵ではない。あっという間に消えていく料理の数々を微笑ましく眺めている。


「食ってっか?」

「いただいておりますよ」

「うちじゃなかなか出せねえ高級食材使ってんぞ。詰め込んどけ、マシュリ」


 決勝につき同道している臙脂のメイド服姿のエンジニアにもお礼ができる。一石二鳥のチャンスを社が逃さず捉えてくれたので気が楽になった。

 しかし、彼らの腹ごしらえが終わる頃には悩ましい事態がやってくる。幹部が来るとは聞いていたが、予想だにしない大物が視察に来てしまう。ラヴィアーナは慌てて姿勢を正した。


「誰?」

「会長です。創業者一族の最高責任者マリラ・ヘーゲル様ですよ」

「ヤバい。みんな、ちゃんとして」

 ビビアンも緊張感に包まれている。


 静かに滑り込んできた大型のリフトカーから降りてきたのは美しい女性だ。五十を超えた熟年女性のはずだが、せいぜいが四十代前半くらいにしか見えない。

 そして随伴している人物に気づいて密かにため息をもらす。今最も敬遠したい相手が来てしまったのだ。


「あのおじ……、壮年男性は?」

 ビビアンも空気を察して訊いてくる。

「あの方が役員のグローハ・ノーズウッド氏。本契約に女王杯優勝を提案してきた人。なにかおっしゃるかもしれないけど気にしないようにしてくださいね」

「敵情視察?」

「そうかもしれません」

 士気を削ぐようなことを言ってくる可能性が高い。

「とっちめとくか?」

「やめてよ」

「いや、冗談だがよ」


 いかめしい顔つきの壮年男性は会長にかしづくように先導する。ゆっくりと歩いてやってくると整列した彼らの前に立った。それだけで威圧感がある。


「ようこそいらっしゃいました、会長、ノーズウッド役員」

 ラヴィアーナは礼で迎える。

「気にしないでくれたまえ。試合前で緊張しているのだろう?」

「いえ、まだ二時間ほどございますので」

「あれがホライズンか。現物は意外と簡素なものだな」


 膝立ちの待機姿勢を取るアームドスキンを見上げている。厳しい視線が突き刺さっていた。


「会長が開発をお許ししたときは如何にお諌めしようか迷ったが。完成した以上は結果が出なくてはならない」

 苦言に近い物言いである。

「ベース設計にリテイクをいただいております。社も本気とお見受けしたのですが」

「あれは会長の温情だ。ありがたく受け取るといい」

「はい、大変参考になりました」

 グローハは少女たちの前にやってくる。

「フラワーダンス。君たちがパイロットだな?」

「は、はい、機体をお預かりしています」

「若いな」


 不安を覚えているような言動だ。しかし素振りに違和感がある。視線が若干和らいだように感じたのだ。


「身体に問題はないかね?」

 意外な質問が飛びでた。

「いえ、大丈夫ですけど?」

「なにせ我が社は新参である。兵器に対するハウツーが十分とはいえない。使用者に負荷を与えない配慮が足りてないかと心配だったのだ」

「え? あの……。え?」

 ビビアンは戸惑いの極地に放り込まれていた。

「恥ずかしいので公言は控えていたが僕はクロスファイトが大好きでね。特に自由にハツラツと戦う君たちチームのファンなんだ」

「はい? フラワーダンスうちのファン?」

「ああ」


 そう言って、両手でしっかりと彼女の手を取り握手をする。いかめしかった顔はほころび、本当に嬉しそうであった。

 メンバーに順々に握手を求めていく。驚いたことに、紹介するまでもなく全員のフルネームを知っている。一人ひとり声を掛けていった。


「えーっと、役員さんが女王杯で優勝しないと本契約は駄目って条件を付けたって伺ったんですけど?」

 困惑したまま尋ねている。

「うむ、僕だ。君たちの実力に、想定されているホライズンのスペックが合わされば可能だと考えた。もし簡単に敗退するようでは機体になんらかの重大な欠陥があると思われる。そんなアームドスキンに将来ある君たち少女を乗せて万が一のことがあっては親御さんに申し訳も立たない」

「そんなオチ?」

「なにかあったのかね」


 大変な誤解をしていたと気づかされる。ノーズウッド役員はリフトカー部門の優位性を損なうなどと考えていなかった。それどころかフラワーダンスメンバーの身体を人一倍憂慮して条件付けを提言したのだ。


「ありがとうございます、ノーズウッド役員」

「グローハと呼んでくれたまえ。期待しているよ」

 もう一度ビビアンと握手している。


 まるで親の顔をした役員の姿にラヴィアーナは緊張が一気に解けて脱力した。

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