エンジニアの悲哀

 赤ストライプのホライズンが器用に障害物スティープルの影を利用してブレードを避けていくが敵機を振り払えない。ともすれば回避の邪魔になって迂闊にアングルなど近づけないときもある。

 そこへ新たな敵機が駆け込んでくる。援護のビームをリフレクタで受けてなおかつ前進し、ビビアン機に砲口を向けてきた。ステップでギリギリに躱す。


「なんとぉ!」

「もう一歩外さないと詰め切られる」


 肘を地面について転がるように逃げる。しかし、ブレードはするりと伸びて片脚を刎ねてしまった。警報がけたたましく鳴くが、為す術もなく滑り込んできた真っ白なホライズン・・・・・に直撃を浴びせられた。


「また撃墜ノック判定ダウン! なんで!」

「見切りが甘いのさ。立て直したいなら、もっと大胆に外さないと」

「それくらいで休憩になさい」

 ラヴィアーナは声を掛ける。


 リーダーの少女は眉も口もへの字にして操縦殻コクピットシェルから吐き出されてきた。腹を立てているのは自分にだろう。


「あんた、その気になったら砲撃手ガンナーもやれるんでしょ?」

「性に合わねえ。俺のはガンナーの動きじゃねえだろ?」


 コクピットシェルだけのシミュレータから降りてきた少年に文句を言っている。今日何度目の言い合いだろうか。彼らはそうやって強くなっている。


「はいはい、汗かいた分補給して。体調崩したら元も子もありませんよ」


 注意を与えてテーブルに着かせる。少年少女は集まって、用意していたゼリーパックやドリンクをそれぞれに手にして互いを指摘している。


「なんというか」

 副主任のジアーノは頭を掻きかきこぼす。

「シミュレータで得られる動作プロトコルだって馬鹿になりませんよ。これを無償で受け取っていいもんか悩ましいです」

「本契約にこぎ着けたら考えます。なにか対価を用意しなくては申し訳ありませんわね」

「とはいっても、彼らが欲しがりそうなものなんて、ここにはないんでしょうけど」


 赤毛と狼頭の少年に用意できているのは軽食やドリンク類だけ。それなのに二人は文句一つ言わず手伝ってくれている。

 ジアーノの言うとおりシミュレータに残る動作データも値千金のもの。彼らはそれもわかっていて協力してくれているのだ。


「まずは課題をクリアすることです」

 女王杯優勝の件だ。

「運命の週末を乗り切れば自由が効くようになります。上層部になにがしか要求すればいいですわ」

「難題を突きつけてくれた分、評価せざるを得ませんからね」

「我々スタッフが上を黙らせる方法など結果しかないのです。今はそれが明確なだけやりやすいと言えるでしょう。全力を尽くすことです」


 ソフトエンジニアは今のシミュレーション結果から微調整に勤しんでいる。ラヴィアーナとジアーノができるのは総括的な指示だけというところまで来ていた。


「ヘーゲルを変えてみせるなんて意気込んで転職したんですけど、現実になりそうでワクワクしてますよ」

 副主任はニヒルな笑いを見せる。

「カーメーカーですからね。エンジニアに必要な技術が異なります。求められるのは安全性、安定性、効率性、生産性、そしてコストパフォーマンス。もちろんカスタマーにとって大事なものではありますが、技術者が先鋭的な腕を振るえる場ではありません」

「主任は苦しんできたのでしょう? 作っているのは、どうせ生活品。宇宙産業や兵器産業のように革新的なものを求められていないと陰口を叩かれますから」

「露骨にではありませんが馬鹿にはされてきましたわね、エンジニアとしても社としても。ヘーゲルは小銭を拾い集めて大きくなったと。耳をふさいでやり過ごそうとしてきましたが悔しくもありました」


 ラヴィアーナも入社したときは希望に胸を燃やしていた。ヘーゲル社が惑星国家ナクスカントからメルケーシンに移転してきてしばらくのことだ。

 中央で働ける栄誉は彼女を満足させてくれる。しかし現実は甘くもなく、望まれる技術はこれまでの積み重ねの組み合わせ。毎日パズルを組み立てる作業をさせられているのかと思うこともあった。


「ヘーゲルが蓄積してきた技術は素晴らしいものだと知らしめる機会がやっと来たのです。ここで勝負を懸けずにどこで懸けるというのでしょう」

 意気が揚がる。

「はい、やってやりましょう」

「そのためにも彼女たちが必要です。まずは上層部の鼻を明かすところから始めなくては」

「確かに」


 最もユーティリティな能力を持つビビアン。刹那に全てを懸けるレイミン。機体全部で力を発揮するユーリィ。異常な空間認識力の使い手サリエリ。棒術という手技を如何なくこなすウルジー。これ以上のテストパイロットはいないと確信している。


「ホライズンをもっと羽ばたかせるチャンスを失いたくありません。この週末にこれまでの努力の全てを集約しますわ」

「気合い入れていきますよ」

 決意のほどを確かめ合う。

「その意気に懸けて協力してやってんだ。本気で行け」

「あら、聞いてましたか、ミュッセル君?」

「俺もどっちかっつったらそっち側だ。気持ちはよくわかる。試合で大事なのはなんなのかあいつらも思い知ってる頃合いだ。気合いじゃ負けねえぜ」

 親指で少女たちを示している。

「ええ」


 ラヴィアーナは初めて味わう一体感に体の震えが止まらなかった。

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