連戦対策

「んで、次は……」

「カンスの日よ」

明後日あさってじゃねえか」


 話は昼休みのテーブルに持ち込まれている。それぞれが昼食を買ったり、持ってきたランチボックスを広げたりしてフードコートのテーブルを占拠していた。


「さらに準決がトリアの日で決勝がレーネの日」

 週末に集中しているという。

「スケジュールがタイトすぎんだろ。レーネの日は俺たちの碧星杯決勝もやんだぜ?」

「なんでか知らないけど今シーズンは重なってるわ。しかもレーネの日のメインゲームは『女王杯・虹』決勝に設定されちゃってる」

「人気あんのはそっちだからわかんなくもねえ」

 休日に人気の試合を設定するのは観客動員収入を重視する所為だ。

「体力的に厳しいな。でも温存する余裕もないか。フラワーダンスにとっては勝利が必須なんだからな」

「うん、勝たないとホライズンを使わせてもらえない」

「勝つんだにー!」


 ワークスチームの権利が懸かっている。女子チームにとっては常に正念場なのだ。


「出し惜しみしてらんねえ。でもカンスの日の相手しかわかってねえときてるか」

 ミュッセルにも助言しようがない。

「相手の分析しようがないの。今残っている8チーム全ての過去試合全部分析してる時間なんてないんだもの」

「当然だな、エナ。そいつは誰にも無理だ。他人のざっくりとした評価を参考にすんのはリスク高ぇしな」

「毎日寝る時間削るしかないのかしら」

 コマンダーは憂鬱そうだ。

「そこまで無理しないほうがいいかもな」

「おう、ある程度はアドリブで対処すりゃいい。そのほうがメンバーの処理能力が上がる。本契約のあとのことも考えろ」

「ミュウはわたしたちが優勝できるって思ってる?」


 サリエリが言葉尻を捉えてくる。それは彼女の不安の表れだろうか。冷静に組み立てていると思える女子も吐露できない苦しみを抱えているらしい。


「できる。お前らのパイロットスキルと戦術、ホライズンのスペックを融合させられりゃ可能だ。マズいのは意気込みだけ空回りして溜まる疲労だな」

 メンタル、フィジカルともにキープしないと難しい。

「練習量落とす? でも、それじゃ不安でメンタル削れちゃうし」

「逆効果にしかなんないし。むしろメンタルキープ。みんな、私みたいに図太くないし」

「ミンくらいメンタル強者ならねぇ」

 口では言うが、レイミンも押し隠すタイプであるとミュッセルは知っている。

「相手によるが、手札を惜しまないで行くしかねえな。そのとき出せるもんを出し尽くせ。一戦ごとに慣熟度は上がる。勝つほどに強くなってると思え」

「精神論ね」

「いや、一面事実なんだ。パイロットは機体に馴染むほど強くなれる。結果にしか表れないから数値化するのが難しいけどさ」


 グレオヌスが実戦経験者として説く。統計的な事実としては認められるが、個人の実感とするのは難しい。信じるしかないという話。


「数値化か。やってみっか」

 ミュッセルは腕組みして考える。

「マシュリ、昨日のフラワーダンスの映像、ドームのドローンのやつな、そいつを引っ張ってきて動作分析掛けてくれ」

「いたしましょう。主に駆動面ですね? 射撃精度など攻撃面はヘーゲルスタッフがすでに分析されているはずですので」

「おう、それだ」


 コンソールスティックが投影するパネルに映っているメイド服のエンジニアは「お待ちを」と言って消える。幾らもしないうちに、メンバー全員に各自コンソールを開くよう言ってきた。


「まずはビビアン様」

 彼女のコンソール映像に走行時の映像が映る。

「右転回時と左転回時の姿勢をミラー融合させます。ご覧のように右転回時のほうが機体傾斜を付けています。これはおそらく癖なのでしょう」

「う、意識してない」

「なので右転回時のほうが足首負荷が大きくなっていますが、転回からの抜けは速くなっております。サスペンション調整を強めにすれば、機体引き起こしが早くなるのでさらに速くなるでしょう。比して左は緩めることで機体傾斜が付きやすくなります。同じく高速化が見込めます」

 短時間の分析で指摘してきた。

「さらにブレード使用時の肘の位置ですが」

「ひゃい!」


 冷静かつ淡々と指摘されると、どんどん涙目になっていく。最後のほうは頷くしかできなくなっていた。


「ダンス練習で間違えたとこ、お説教されている気分になる」

「心外です。わたくしは事実を伝えているだけです」

 容赦がない。

「わかったわかった。続けろ」

「次はレイミン様ですが……」

「ひぃっ!」


 メンバー全員の癖と対策が延々と語られていく。あくまで調整用分析のはずなのに女子たちは大人しくなっていった。


「うっし。じゃ、今のをラヴィアーナに送ってやれ。カンスの日までには確認して調整してくれるだろ」

「はい、直します」

「お前ら、なんで落ち込んでんだよ」


 いつの間にか静かな昼食になっていた。被害に遭っていないエナミだけが平気にしていたが、「では、エナミ様のドローン操作ですが」と続くと青褪めている。


「なんだって?」

 放課後にレスを確認する。

「めっちゃ喜ばれてる。着くまでにある程度形にするから早く来いって」

「良かったじゃねえか」


 メンタルキープの手段でメンバーの精神が削られているのがミュッセルには不思議だった。

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