週末の余波(2)

「夕べ、あのテンションのままラヴィアーナさんにありがとうだけ言いたくて連絡したんだけど」

「結構ハイだったけどさ」

 ビビアンの様子をグレオヌスは思いだしたのだろう。


 討ち入りパーティにヘーゲルスタッフは参加していない。試合が終わった後こそ彼らが忙しくなるときだから誘うのは遠慮したのだ。


「バトルデータの解析の邪魔になるほど引き合いが来てるって」

「新しいもん好きの奴と目敏い奴はもれなく食いついたろ」

 ミュッセルはさもありなんと思う。

「見積もり要求とかカスタマーチーム申請とか諸々集中してて、そっちの処理に手を割かれて困ってたみたい。で、結局ヘーゲル窓口に任せて丁重にお断りしたって」

はなから無理な話だろうがよ。まだ安定筐体とは言えねえ、生産ラインの計画も走ってねえような代物しろもんを量産して外に出せっか」

「カスタマーチーム?」


 グレオヌスが怪訝な顔をする。意味を測りかねているのだろう。


「カスタマーチームっていうのはアームドスキンを購入して運用するチームのこと。メーカーのスタッフが付いてるんじゃなくて、自前のスタッフで調整して試合に投入するの」

 ビビアンが説明する。

「なるほど、機体購入か。資金があれば可能かもな」

「それほど単純じゃねえんだ。カスタマーチームってのは定義が曖昧でな、今ビビが言ったみたいなのの他に一部機構の購入搭載なんかも含まれる。前に話した、部品メーカーの試験運用とかもカスタマーチームがやる場合もあんだ」

「そうそう、試験データを提供するの」

 メーカーにも利益のある形の契約である。

「部品メーカーは自社試験以外に実戦運用データが手に入ると」

「だから安く提供する、あるいは無償でな。そういうの掻き集めて一機組みあげて投入してるチームもあんぜ」

「それってまともに動くのか?」

 ミュッセルは説明するがグレオヌスは首をかしげる。


 困難な作業に思うのだろう。別々のパーツを組み合わせてアームドスキンを組みあげるというのだから。

 しかし、実際には自社だけで総合設計をしていないメーカーもざらなのだ。他メーカーあるいは部品メーカーからパーツを取り寄せて、そこに独自要素を組み込んで建造する。バランスを取るのもエンジニアの仕事だと教える。


「僕が育った環境が良すぎたんだな」

 狼頭の少年は頭を掻く。

星間G平和維P持軍Fなら基本的に自前で総合設計だろうしな。お前のお袋さんが聞いたとおりの人物ならお手のもんだろ」

「ああ、それが常識だと思ってた」

「ヘーゲルくらい大企業になったら自社生産すっからな」

 触れてきたのが偏ったケースばかりだったのだ。

「しかし、新製品ともなれば結構な……、いや莫大な見積もりになるんじゃないか?」

「そこはそれ、交渉次第だ。自前スタッフで運用するが試験データはメーカーにフィードバックする。その代わり安く譲ってくれって話をする。どこも資金を湯水のように使えるわけじゃねえ」

「そういう引き合いか」


 つまり、うちでもテストしてやるから安く寄越せという話の持っていき方をする。もちろん丁寧にだ。そんな類の引き合いが集中したのだろう。


「大手メーカーはワークスチーム以外にカスタマーチームも運用してたりすると」

 グレオヌスは推測する。

「効率良いかんな。良い所も悪い所も見えてくる。その分、情報も漏れるがよ。契約で綱引きみてえになるかもな。メーカーはリスクとメリットを天秤に掛けなきゃなんねえ」

「商品ともいえる製品データも解析されてしまうな」

「だからヘーゲルは出したくねえと考えるな。自社であのレベルまでの完成品を仕上げられるんならよ」


 無駄な漏洩は避ける。あとはワークスチーム運用でブラッシュアップするだけでかまわないと判断するはずだ。


「うん、上の判断次第だけど開発チームは当面フラワーダンスだけで運用する気だって。その代わり、守秘義務は厳密にって釘刺された」

 当然の措置だ。

「ったりめぇだ。ワークスチームってのはそれができなきゃいけねえ。おかしな誘い掛けてくる輩が増えるだろうからガード強めにしとけよ」

「うわー、面倒。憂鬱ー」

「それって私もかしら?」

 エナミも不安げにしている。

「お前は特にだ。機体データ全般がエナんとこに集中してんだぜ。一番の狙い目に決まってる」

「えー、守ってよ、ミュウ」

「そいつは無理な相談だ。いかに選手といえどエンジニアルームはそう簡単に入れねえからよ」


 企業秘密の宝箱のような場所。容易に立ち入りできはしない。その代わりにヘーゲル社がしっかりとガードしてくれていたはず。しかし、不機嫌になった女子はしつこく迫ってくる。


「君たち二人がもめていても、僕には美少女二人がじゃれ合ってるようにしか見えないんだけどさ」

 親友に茶化される。

「同意ー」

「ただの仲良しさんにー」

「ちょっと倒錯的でさえ……」

「あ、わかる」

「てめぇら、なに考えてやがる!」


 ひどい誤解のされように抗議するが受け付けてもらえない。皆がニマニマと笑いながら躱そうとしてくるのだ。


「いい加減にしねえと……」

「うん、授業始まるからあとでね」


 誤魔化されたミュッセルは不機嫌なまま始業を迎えることになってしまった。

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