蕾ほころぶ(3)

「では、本日のラストゲーム! 開幕した『女王杯・虹』一回戦第八試合となります!」

 交代したリングアナが凍りついたリングを温めに掛かる。

サウスサイドよりの入場は全員が星間G平和維P持軍F退役女性軍人という稀有なチーム! 平均年齢は高いながらも玄人を唸らせる熟練の操縦は妙技の域! チーム『アフターキル』!」


 リーダーである彼女はこちらも退役機である『ゼクトロン』を歩ませる。現役最後の相棒であったアームドスキンには信を置いていた。


「先頭は鋭さ際立つ『走る刃光』! ヘテナ・アーシマン!」

「来たー! 今日も魅せてくれよー!」

「ガキンチョなんか目じゃない! 本当のバトルっていうのを教えてあげてぇー!」


 ファンの声援が心地よい。半ば道楽で始めたチームだったが、胸の奥底に残っていた燻りにもう一度火を点けるには十分である。今では生き甲斐になっていた。

 紹介されていく仲間も現役時代から親交があり、余生の目的に迷っていた者ばかり。退役後は生気を失った目をしていたが、今では溌剌さを取り戻している。


「いいね、みんな?」

「いつでも。ずっとそうだったわ」

「今夜は指導教官だね」


 相手を知っているメンバーは笑い混じりに返してくる。クロスファイトでのキャリアはやや短いが、積み重ねた年季は比較にならない。今回は同じAAダブルエースクラスであり抽選で挑戦者サイドからの入場になるも、気持ち的には指導する立場だと思っていた。


「対するはこちらも異色チーム! ノースサイドからの入場は全員が公務官オフィサーズ学校スクールの女子生徒ぉー!」

 呼び込みが始まる。

「なんと加わったばかりのコマンダーまでもが女子スクール生というとんでもない組み合わせー! そして、驚きの今回はぁー……!?」


 そこでゲート奥の暗がりからアームドスキンが歩みだしてくる。先頭を進む白いボディのアームドスキンには赤いストライプが施されていた。


「ん?」

 いつもと違うと気づく。

「お、おい、ゼムロンじゃないぞ?」

「乗り替えたの? どこの機体? 見たことない」

「ちょ、待って! あの胸のエンブレム!」

 アリーナが騒ぎだして目を奪われる。

「天使ってまさか……」

「間違いない。うちのリフトカーにも付いてんだ」

「じゃあ?」


 次々と現れるアームドスキンは統一されている。静かな足運びで互いの距離は失われていった。


「ヘーゲルからの刺客ぅー! 新型アームドスキン『ホライズン』を駆ってのワークスチームとなった新生『フラワーダンス』登場だぁー!」


 アリーナが色めき立つ。当然だろう。伏せられていた情報だ。クロスファイト運営は時折りこれをやるので油断できない。しかし観客の盛り上がりは半端でなかった。


「そんなの有りかー!?」

「信じられない!」

「投票締め切ってからなんてことしやがる、運営!」

「非難はあえてお受けします! ですが皆様の胸は今、期待にあふれんばかりのはずぅー!」


 粛々と進む機体は注目の的だ。ドームにいる誰が予想し得たであろうか。知っていたのは運営とチーム関係者だけだろう。


「メンバーは変わりません! 赤ストライプは皆を率いる『バトントワラー』、ビぃービアーン・ベラぁーネ選手ぅー!」

 無骨とも思えるアームドスキンが手を上げて声援に応じた。

「続く黄色ストライプは弾けるブレード『元気な猫娘』ユぅーリィ・ユクぅール選手ぅー!」

 小さくジャンプして手を振る。

「青ストライプは三次元スナイパー『空飛ぶトリガーガール』サリエぇーリ・スリぃーヴァ選手ぅー!」

 掲げたビームランチャーを頭上でくるくると回した。

「緑ストライプは真正ヒットマン『狭隘の魔手』レイミぃーン・ラーゼぇーク選手ぅー!」

 ランチャーの銃床を左手にトントンと打ち付けている。

「そして最後は黒ストライプ! 神出鬼没『スティックハッピー』ウルジぃー・ウルぅームカ選手ぅー!」

 スティックを回転させて脇にセットした。


(これは予想外にすぎる。困ったもんだねえ、若い衆は。面白ければなんでもござれかい?)

 挙動を注視する。

(前情報なしだから確実に開発されたばかりの機体のはず。海のものとも山のものとも知れない。それは乗っている人間も同じ。そんな経験ばかりしてきたからねぇ)


 機動兵器の過渡期を生きてきたヘテナ以下『アフターキル』のメンバーである。パイロットの心情は痛いほどに理解できた。余裕を見せてはいるが、内心は不安でいっぱいだと読める。

 新型機なので性能は上がっていると見ていい。しかしパイロットのメンタルが足を引っ張る。慣れない、信頼しきれていない機体を駆るのは驚くほどに神経を削る作業。実力など発揮できない。


(そこが付け入る隙になる。開幕は慎重に行かざるを得ないだろうさ。一気に攻めてペースを握らせないようにすべきだねぇ)

 経験値から作戦を組み立てた。


「速攻を掛けるよ。追い散らして各個撃破。いいかい?」

「ほほう、了解りょうかい。憎いね」

「あんまり若い子をいじめてやるもんじゃないよ、ヘテナ」

 メンバーは彼女の意図を汲む。


 ヘテナ・アーシマンはブレードグリップを抜いて戦闘準備をした。

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