決断する花(2)

 ラヴィアーナから契約内容が提示される。プライベーターであるチーム『フラワーダンス』にとって初めてのものだ。ビビアンは緊張する。


「賞金のうち10%をそれぞれのパイロットおよびコマンダーに支払います。残り40%は開発予算枠に補充します」

 実際の開発費は賞金で賄えるようなものではあるまい。

「分配割合はパイロット内で決めたりもするみたいですけど、皆が学生だということで決めさせていただきました」

「分配割合って違うもの?」

「チームによってはエース格のパイロットが倍から数倍持っていくところもあるそうよ」

 サリエリが教えてくれる。

「知らなかった。今まで、そのつもりがなかったから」

「プライベーターでも、うちみたいにプールしておいて皆にお小遣い配分なんてのは珍しいほう。まあ、実際そんなに残るわけじゃないからね」

「サリに全部お任せしてたもんね」


 経理関係はサリエリが担当していた。お小遣い配分などは話し合いで決めていたが、それ以外の収支は全て彼女に頼んでいたのである。


「収支はどんな感じなの?」

 エナミが尋ねる。

「レンタル機だと、レンタル料、整備費、発生した場合は修理費、保険料、全部払ってシーズン収支でそこそこの黒字。プール金は誰でも見れるようにしてある」

「へぇ。どうしてプール金に?」

「パイロットってどうしても身体にダメージ来るの。怪我のために保険入ってるけど、ダメージ蓄積の病気は保証されない」

 クロスファイト運営が管理している保険契約はそうなっている。

「内臓疾患なんか主なものなんだけど、発症するかどうかはかなり個人差がある。だから、誰が罹っても確実に治療費に充当できるようプール金にしたのよ」

「誰か一人が苦しまなくていいよう最初に話し合って決めたわ」

「色々考えてるのね」


 エナミはクロスファイトの側面を知って悲痛な面持ちになる。楽しんでいるだけではないのだ。


「プライベーターは賞金総取りだかんな。チームごとに取り決めすんだろうぜ」

 ミュッセルも口を挟む。

「レンタル機使用なら経費以外は分配とかな。機体所持チームだとレンタル料とかは掛かんねえが、ローン払いながら整備班の整備士メカニックに給料渡したり、外注に依頼する経費を出さなきゃなんねえ。勝てねえと赤字に転落だ」

「大変なのね」

「シーズン通すと畳むチームや引退選手なんてザラだぜ。俺は保険以外は一切払ってねえがよ」

 彼は修理から整備まで全て自分持ちだからだ。

「大儲けってわけではないのでしょう?」

「素材や部品調達から研究開発費まで賄わねえといけねえかんな。わりと掛かる。だが、そのへんの学生にゃとてもじゃねえが手の届かねえ資産持ちだぜ」

「結局自慢するの?」

 エナミが深刻に感じないよう誤魔化している。


 経理関係はほぼマシュリに丸投げしているにしても、それ以外は自身で負担している。日常のメンテナンスだけでも生活時間のかなりの部分を圧迫しているだろう。


「機体関係は全てこちらで負担するので四割配分は承知してくださいね」

 ラヴィアーナが説明を続ける。

「クロスファイトの趣旨はアームドスキン技術開発奨励ですわ。賞金の幾ばくかは収めてもらうのが通例です」

「あ、問題ないです」

「『女王杯・虹』の優勝賞金であれば50万トレド一億円。10%なので各自5万トレド一千万円の分配になります。プールするか否かはみんなで決めてくださいね?」

 例えばの話。

「二位以下であっても同様の分配金は支払います。契約は無しになるだけ。本契約になっても賞金分配は変わらないからよく聞いておいてくださいね?」

「はい、そこが目標ですから」

「賞金とは別に契約料ギャランティとして月額2千5百トレド五十万円を保証します。怪我をした場合クロスファイト保険も適用されますが、ヘーゲル社の労働災害として補償されます。自己負担はありません」


 好意的な契約内容もある。大手だからこそのコンプライアンスやリスクマネジメントが効いているといえよう。


「ありがたいです。分配金も5%くらいだと思ってたので」

 サリエリは予想を披露した。

「アームドスキン開発は本来、社の開発予算枠で行うものです。皆さんが負担するのはテストパイロットの業務。ギャランティや賞金分配をするのは努力の結果ですからね」

「あの」

「なんでしょう?」

 エナミが手を挙げる。

「私にも分配あるみたいですけど高額すぎてどうしたものかと?」

「高額? そうでしょうか?」

「げ!」


 ミュッセルが振り向いて凝視してくる。一気に冷や汗が出た。


「お前、エナに賞金配分決めてねえのかよ?」

 痛いところを指摘された。

「いやその……、払わない気はなかったのよ。いずれはちゃんと話さなきゃねってサリとも相談してたんだけど、当面はみんなと一緒のお小遣いくらいを渡せばいいかなって」

「馬鹿が。全員分の面倒見るコマンダーの負荷を嘗めてやがんな?」

「わかってる! わかってるけども! もしかしたら嫌になっちゃうかもとも思って」

 続くようならと考えていた。

「ふざけん……!」

「いいの、ミュウ! 私もちゃんと話してなかったから。ただね、しっかりした契約となると父や母とも相談しないといけないかもって」

「まさか、話してなかった?」

「お手伝いするってだけ」


 舌を出すエナミにビビアンは唖然とした。

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