決断する花(1)

 シーズンに二度開催される女王杯は興行的意味合いの強いトーナメントである。戦闘職における男女差という時代遅れの概念に真っ向から挑むような形式。

 ではなぜ行われるかというと人気が高いからだ。スポーツ界ではどうしても切り離せない性差は認められている。そして女性競技は華がある。それをクロスファイトに持ち込んだだけのもの。


(前期の『女王杯・虹』はエントリぎりぎり)

 開催は来週末からなので週明けが締め切りだとビビアンは思いだす。


 女王杯はその名のとおり女性でないと参加できない。チーム全員が女性である必要がある。そういう意味でフラワーダンスは苦労しない。中には予備メンバーと入れ替えて参加するチームもあるのだ。

 ただし、オープントーナメントである。条件を満たすチームは少ないが中にはリミテッドクラスのチームもあった。そうなると勝利が遠い。前期は見送るつもりで意見が一致していた。


(美味みもあるわ。参加チームは少ないから四回戦までで決まる)

 全十六枠で競われる。

(スケジュールもタイトだし、一回戦落ちでも時間を奪われない。でも、今回は勝ち上がるしか道がない)


 本契約に漕ぎ着けるには優勝以外はないと言われている。現在の自分たちの実力とホライズンの性能で可能か考える。全く不可能ではないだろう。

 ペアのスワップが噛み合って、以来負けなし。コマンダーの登場で戦術幅も広がっている。手札も増えた。


(この挑戦はリスクが高い。失敗したとき、みんな心が折れてしまうかもしれない)

 それくらいホライズンとの出会いは衝撃だった。

(別の誰かが乗ってるのを見たら悔しくって嫌になっちゃうかも。友達で集まって楽しむはずだったゲームがつらいだけのものになったら)


「そんなに迷う?」

 表情に出てしまっていたのだろう。

「心配しなくてもいいと思う。だって私たちって最初からそんな強いチームじゃないじゃん」

「う……」

「パイロットスキルはそこそこ。練習熱心ってわけでもなし。仲間内の呼吸が合うのは自慢できるけど、それも練習でどうにかなるもの。プロは普段からやってる。負けて当然なんだし」

 皮肉屋のレイミンは語る。

「わかってる。でも負けたくない」

「欲を出しても仕方ないって思っちゃお? 負けて元鞘くらいでいいじゃん」

「そうよ、ビビ。気軽に楽しめなくなったらフラワーダンスじゃない。だから今までは契約斡旋とかスポンサー斡旋を断ってきたんじゃない」


 サリエリも後押ししてくれる。ユーリィは暴れらればいいと言うし、ウルジーも一緒なのが楽しいと背中を押す。この決断が将来を決めてしまうものではないのだと思えてきた。


「やってみたいです、ラヴィアーナさん。優勝したらヘーゲルのワークスチームだって胸張って言えるんですよね?」

「ええ、もちろん。頑張っていただきたいわ」

「挑戦します。こんなチャンス、この先巡り会えないかもだし」


 メンバーで手をつなぐ。戸惑っているエナミの手も強引に取った。これからは一蓮托生である。楽しさも悔しさも一緒だって誓ったのだから。


(勝ちたいって願ったらチャンスが転がり込んできたわ。こんなものなのかもしれない。だったら走る。転ぶまで)

 ビビアンは決意した。


「でしたら少し手を入れます。機体システムが不安定です」

 驚いたことに美形エンジニアが宣う。

「おーおー、マシュリを動かすとは捨てたもんじゃねえな、お前ら」

「良いんですか?」

「少し効率化するだけです。スペックが劇的に上がるわけではありませんので悪しからず」

 すまし顔で言う。

「助かりますわ。そちらは人材確保に失敗してリフトカー部門の方にお任せしていますの」

「ほぼ基本フォームですね。特性に対応させただけのイメージですので」


 メイド服の美女が触れただけでメインコンソールから投影パネルが現れる。機体システムプログラムが猛スピードで流れだし次々と修正されていった。感応操作だけでそれをやっているのだから恐れ入る。


「あとは個々の調整を加えます。実機シミュレータでの機動訓練を希望します」

「はい!」


 メンバー全員が一気飲みしてすぐさま立ち上がった。意気込みが実感できる。望みは一つなのだ。


「んじゃ、実践形式で行こうぜ。マシュリ、繋げてくれよ」

「すぐです」


 計七機による実機シミュレーションが始まった。リングとは違う障害物スティープルのないステージだったが、それでもマシュリの改良による差は歴然と感じられる。

 操作に対して思ったところにずばりと来る感じ。動いている最中にさらに精度が上がっていく。それぞれの癖に合わせて調整が加えられているのだ。


(ミュウたちってこんな感覚に包まれて乗ってたんだわ。なんて羨ましい)

 嫉妬心さえ湧く。


 休憩を挟みながら一時間以上動かしているとさすがに疲労感を覚える。それ以上にどうしようもない欲求が芽生えていた。


「お腹、減った……」

「お昼時ですものね。降りてきてくださいな」


 コクピットを出るとテーブルに食事が用意されてあった。スタッフたちが手招きしている。一も二もなく駆け寄った。


「すみません、なにからなにまで」

「ご招待したんだから当然ですわ。出来合いのオードブルで申し訳ないのだけれど」

 十分に美味しかった。

「では、この間に仮契約のお話をいたしましょうね?」


 ビビアンは口をいっぱいにしながら頷いた。

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