天使の仮面を持つ悪魔(4)
「それでは第五シーズン、オーバーノービス銀星杯準決勝を開始します!」
リングアナが開始を予告する。
「ゴースタンバイ? エントリ! ファイト!」
ゴングが打ち鳴らされる。スタートは意外にも静かなものだった。ヴァリアントは歩きながら肩を回すような動作をしている。
(様子見からか)
お互いに慎重を期しているとグレオヌスは読んだ。
「ビビアン、時間制限は?」
「ないわ。でも、試合がそんなに長引くことは少ないの。観客はともかく選手はエンターテインメントって意識は低くてガチだから」
「本気の勝負なら確かに一瞬かもね」
一対一ならなおさらである。
(戦略の入り込む余地が少ない)
戦術と技能のぶつかり合いになる。
第五シーズン、つまりクロスファイトそのものの興行が始まって年度で五回目ということ。様式がこなれてくるにはまだ早い。いずれは試合時間も規定されるようになる可能性もあるが、今は実力の勝負で十分盛り上がっている。
「ミュウ、やる気だ」
「みたい」
ヒップガードのラッチに吊り下げていたガントレットを手に装着するヴァリアント。それで構造的な脆さを持つ拳をガードするらしい。グレオヌスの目で見ても、殴るのは構造的に厳しいと感じていた。
「低いな」
「突進の前兆ね」
グッと姿勢が下がる。左のガントレットが合成土の表面に付いた。土を蹴立てて瞬時に加速しヒートマジカルに迫る。
舞い降りたドローンがさらに低い位置からヴァリアントを映している。その迫力と臨場感たるや凄まじいものがある。
「行った!」
「魔法を使う暇なんてないぜ」
観客が囃し立てる。
しかし、ミュッセルが思いがけない行動をした。なにもない場所で急にブレーキを掛けると上半身を反らして回避動作をする。転がる勢いで横に避けた。
「急に動いたぁー! どうしたんでしょうか、ミュウせん……?」
その瞬間にヴァリアントの背後20mで爆発が起こった。火炎が赤いアームドスキンのボディを舐める。
「おーっと! ここでフィーク選手の魔法が炸裂だぁー! 放たれると読んでいたか、ミュウ選手ぅー!」
(違う。たぶん、見えてる)
グレオヌスは気づいていた。
軽く手合わせしたとき、彼の攻撃を予備動作が始まる前からミュッセルは回避していた。攻撃が来る位置が見えていないと説明ができない挙動である。
(おそらくマシュリは彼の
ゼムナの遺志の特性である。以前から時代の変革に寄与する人材、彼らの言う「時代の子」を探し求めてサポートしようとする傾向がある。グレオヌスの父もそうだったのだ。
「おい」
少年は呼び掛ける。
「なんだ、怖れをなしたか、この私の魔法に」
「抜かせ。そのイカサマを続ける気か?」
「なんだと?」
選手同士の会話はオープン電波回線で繋がっている。それは広くアリーナ席にも流れるようになっていた。観客は言葉によるバトルも楽しめる仕組みになっている。
「さっさと自白しろ。そんなんでよくもまあ、俺を無謀なだけとか貶せたもんだな?」
「なにを言う。魔法は魔法だ」
「しらを切る気か?」
身を起こしたヴァリアントが胸の前でガントレット同士を打ち鳴らして威嚇する。一転して口調からは熱気が消えていた。
「おやぁ、ミュウ選手、フィーク選手を挑発か? それとも、魔法を見破ったのか?」
リングアナは煽り立てる。
「面白い展開になってまいりました! トーナメント屈指のバトルは誰も知らない異次元の領域へ!」
ヴァリアントが腕を振って歩み寄りはじめる。すると、ヒートマジカルはじりりと下がる気配を見せた。
(明らかに動揺してる。ビビたちが言ってるみたいに所詮は小物か)
グレオヌスも少し冷めてきていた。
「んじゃ、証明してやんよ。来い」
「でかい口を!」
ヒートマジカルが右手をかざす。ヴァリアントは横へ滑って躱した。一見、手の動きに合わせて回避しているように見える。ところが実際には微妙に早く避けていた。その差が現実に表れる。またしても爆発はミュッセルの後ろで起こった。
「はん!」
続いてヴァリアントがアングルの影に入ったのにフィークが反応した。
「結局怖れてるではないか! 貴様なぞ、この魔法に打ち勝てはしない!」
「そうかよ」
「なんだと!?」
アングルに向けてヒートマジカルが右手を差し向ける。前回のバトル同様、強固なアングルの鋼材を透かしてさえ魔法は届くはず。ヴァリアントにとっては不利な状況。
ところがミュッセルはフィークが魔法を放ったかと思われた瞬間にアングルの影から飛び出している。そして、不思議な動作をした。左手のガントレットがなにもない中を掻いたのだ。
「ぐ!」
「どうしたよ?」
立ち止まったヴァリアントの傍でもない、アングルの影でもない、まったく別の場所で魔法が炸裂する。それはヴァリアントの右側30mのところだった。爆発音がリングに木霊する。
「こいつがてめぇのイカサマの正体だ。なんだったら次はその頭にぶつけてやろうか?」
「くぅ……」
ミュッセルの言葉にフィークは絶句している。
(そういうことか。なるほど)
戦闘慣れして全体を俯瞰視できるグレオヌスはその絡繰りに気づいた。
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