第4話
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目を覚ますとベッドの上だった。ベッドの上で眠ったのだから、ベッドの上で目を覚ますのが普通だが、もしかすると、落下しているのではないか、という予感が目を覚ます前に生じていた。この場合、意識というものの定義が曖昧になる。眠っている間は意識がないと言われるが、身体は現実世界に存在しているのだから、意識はあちらとこちらの狭間に存在しているといえるのではないか。
奇妙な汗を掻いていた。無理もなかった。奇妙な夢を見たのだから。
枕もとに置かれているデジタル表示の時計を確認すると、時刻は午前三時半だった。アラームは六時にセットしてあるので、まだ二時間三十分も早い。けれど、もう眠れなさそうだと判断して、僕は布団の外に出た。床に足をつき、クローゼットを開けて着替える。
眠っている間もシャッターは閉めないから、真っ暗な外の様相が室内からでも分かった。小さく虫が鳴く声も聞こえる。何かがアスファルトの地面を擦る音も聞こえた。涼しい風がカーテンを経由して室内に入り込み、起きたばかりの僕の頬をそっと撫でる。心地が良かった。今日も生きているという感じがするというよりも、まだ死んでいないという感じがすると言った方が近いかもしれない。
下はスーツ、上はカーディガンという出で立ちで、僕は部屋を出た。これはいつもの格好だ。あとで白衣を羽織るかもしれない。別に羽織る必要はないので、羽織るか否かはその日の気分によって決める。
この時間帯に起きている人間がいるのは珍しくない。ドアを開けた先にずっと続いている廊下を歩き、途中で右に曲がって洗面所に入った。個人に割り当てられた部屋には、デスクと本棚とベッドしかないため、それ以外の作業は共同スペースで行うしかない。
「あれ、起きていたんですか?」
背後から声が聞こえて、濡れた顔をタオルで拭きながら振り返る。見ると、同僚と思われる人物が立っていた。同僚と思われるというのは、顔を見たことがあるだけで、僕は彼を知らないからだった。
「珍しいですね、こんな時間に起きるなんて」
「そうかな?」僕は応じる。
「私は、眠ってすらいませんけど」そう言って、彼は一人でくすくすと笑った。「仕事しないと、駄目ですからね」
「駄目って?」
「さび付いて動かなくなってしまうんです」
その場で彼と別れて、僕はさらに廊下を進む。この施設にどれほどの人間がいるのか、どのような人間がいるのか、僕はほとんど把握していない。把握しなくてもやっていけるからだ。個人が個人の仕事をきちんとこなせば、組織はきちんと動く。それが、組織として模範的な在り方だろう。
正面に出現した重厚なドア。
ドアの横の壁に設置された認証装置に掌をかざして、生態情報を読み取らせる。
頭の上にあるディスプレイに、緑色の光で「ニンショウ」の文字が現れた。
ドアのロックが外れる。
重たい金属の板を向こうへ押しやると、その先に幾人もの人間が忙しなく動いているのが見えた。
僕は室内を奥へと進んでいく。周囲はまるで宇宙船のドックのようで、同じフロアなのに床が何層にも積み重なっている。様々な色合いのインジケーターがあちこちで点灯していた。何だかよく分からない電子音が響き、同時に人の声も四方八方から耳に入ってくる。
部屋の中央。
そこは手術台のようになっていて、その上に巨大なカプセルが設置されていた。
楕円形。
中は見えない。
あえて見えないようにしているのだ。
「これはこれは、班長殿」カプセルの陰から男性が現れて、僕に声をかけた。「本日は早いお目覚めですな」
「おはようございます」僕は律儀に挨拶する。自分でも、ちょっと律儀すぎるかな、と反省した。
「お前さんがここへ来るとは、珍しい」
「ええ、少し、気になったものですから」
「何がかね?」
「研究対象が、です」
僕がそう答えると、男性は片方の目を細めて僕を見つめた。彼はなかかなの巨体の持ち主で、ここのリーダーを努めている。名前はドォルと言った。もし、それが英語で、人形を意味しているのだとしたら、残念ながら皮肉としか言いようがない。
「お前さんのタフさには、感心するよ」ドォルが言った。「同じ人間とは思えんな」
「思わなければいいと思います」
ドォルは小さく息を漏らす。それが彼の笑い方だった。
「今は非常に安定している」ドォルは話す。「今日は実験の予定は入っていないんでな。好きに使うといい」
「ええ、では、使わせていただきます」
「使うというのはよくない表現だな。せいぜい、扱う、と言うべきだったか」
「貴方が先に言いました」
「そうだとも」そう言って、ドォルは小さくウインクした。「お前を試したんだ」
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