第154話 生徒会集合

「あ、間宮。かなり遅れてきたっすね」


 見送り会とやらは始まっているはずだが、中村先輩はどうしてか店の外で俺を待っていた。


「わざわざ待ってたんですか?」

「偶然っすよ、そこまで後輩想いじゃないっす」

「今でも十分だと思いますけどね…。それで、どえしました?」

「さっきまでちょっと親と電話してたっす。そっちは、黒崎先生と?」

「お察しのとおりです。軽く嫌われてきました」


 戯けて言うと、中村先輩は普通に咎めてきた。


「良くないっすよ。少なからずお世話になったと思ってる人を無碍に扱うのは」

「寧ろ、目の前から居なくなるのが一番の孝行に…痛っ」


 突然のデコピンに思わず中村先輩を睨みつけると、冗談じゃ済ませない程度には怒りを含んだ、目が笑ってない笑顔を浮かべていた。


「間宮、それ二度と言わない方が身のためっすよ。自分を蔑ろにする言い方は、間宮を気に入ってる人みんなを…ん…」


 俺は人差し指で中村先輩の唇を閉じた。

 いくら家族の面倒事が解決しようと、俺が変わるわけじゃない。


「承知の上で言ってるんですよ」


 中村先輩の怒気のこもったと対照的に、俺は彼女に柔らかな笑みを見せて返した。

 言いながら、俺は店に入って店員さんに声をかけようとした。


「あの…」

「おい、遅刻しすぎだろ」


 すぐ近くから理緒先輩がソフトドリンクを両手に声を掛けてきた。


「これ持てよ遅刻犯」

「あ、はい。スミマセン」


 別に不機嫌というわけではないのだろう。強い口調の割に、表情は穏やかだ。


「…で、中村となに話してたんだよ」

「覗きですか?」

「いいから言え」

「……自分を蔑ろにする様な言葉は控えろって怒られただけです」

「…なんだ、んなことかよ。留学の方じゃないのか」


 そう言われて、思わず足を止めた。


「……なんで知ってんだよ…」

「…あいつに引き留めるべきか聞かれたからな。止めとけって言っといたよ」


 長い付き合いがある訳ではないが、この人は結構俺のことを理解してくれている。

 だからこそ一緒に居られるのは楽しいだろうなと思っていた訳だし。

 このなりで、年上らしい余裕も見せてくれるし、年相応の一面も持っている。

 口調や態度のギャップもあるし、やっぱり面白い人だよ。


 理緒先輩と共に入った店の個室では、生徒会の見慣れた面子に加えて、以前に抜けた松坂先輩とさっきあったばかりの烏間も居た。


「真やっと来た…って、架純は?」


 結月に聞かれて、俺はすぐ後ろを指差した。


「今戻ったっす」

「「じゃ、全員揃ったね〜」」


 椿先輩が声を揃えたあと、結月が小さく咳払いをした。


「…じゃ、改めて…。三年生は生徒会お疲れ様でした、今でありがとうございました…って言いたい所ですが…。それより前に…」


 結月は少し伸びた前髪の奥から、少し震えた瞳を俺に向けてきた。


「…どこかの誰かさんは、私たち先輩の卒業式にすら出るつもりが無いらしいから、今のうちに挨拶しとかないと、ね」


 ……あ、めっちゃ怒ってるなこの人…。

 どうやら桜井や花笠、烏間も少し前に聞いていたらしい。

 話が漏れるのは中村先輩か彼女に相談されていたという理緒先輩の二人だから、俺は二人に目を向けたが、どちらも素知らぬ顔をしていた。


 …唯一、霧崎だけは穏やかに微笑みを浮かべていた。


「…一人だけ場違いな顔してんな、霧崎?」

「…ん。そうかな?真君が急に居なくなるのは初めてじゃないから…。ちゃんとお別れの場があるだけ、嬉しい」


 …くそっ、言及するんじゃなかった。ほんっとに、やりにくいなコイツは。


「…で、実際のところ、間宮はなんで急に語学留学なんて考えたん?」


 松坂先輩にそう聞かれ、俺はすぐに首を横に振った。


「誰にも言ってなかっただけで、話自体は全然急にって訳じゃないですよ。受験生の頃から、この時期にドイツに行く予定ではあったんです。家の事とか学校の事でゴタゴタしてたから俺自身も父さんと会うまでは忘れかけてたんですけどね」


 一応、この高校には国際学科と総合学科があり、国際学科からは海外留学を考える生徒も稀にいるらしい。

 そういう関係で、学校側との話はスムーズだった。


「元々、母親が海外で役者さんの通訳の仕事してて、父親も海外で映画関係の仕事で知り合って…。その縁もあって、留学の話は結構スムーズに進んでたんですよ」


 ……林間学校の前までは、とは口に出さないでおく。


「…冷静になって聞くと凄いエリートコースよね、間宮君…」

「これで大学からは天音財団の方でも世話になるって確定してんだろ?」

「いや、一応代表の後任までは確約されてます。ついでに言うと鷹崎家の資産も相続する既定路線があるんで……」


 エリートコースなんて次元ではない。俺が何かの間違いでギャンブラーになって金を溶かしまくっても向こう百年は安泰に暮らせる程度に資産の基盤が整いきってるのが俺の歩く道だ。


「…んっ…?真君って、美月ちゃんと結婚するの?」

「いや、妹の凛月と…だから…。まあ、あの…。国民的大人気アイドル月宮ルカの婚約者って事にはなってるけど…」

「「「「「えぇっ!!?」」」」」


 いくら個室だからと言って、そんな大声を出すもんじゃない…と、言いたいが、それどころでも無さそうだ。

 愕然とした様子の生徒会メンバーに、俺は苦笑を浮かべるしかなかった。


「…やっぱりそっかぁ、。とんだ負け戦に片足突っ込んでたんだよねぇ、私…」

「……は?玲香?なんでお前が…」

「やっぱり明るい子の方が良いんだ……」

「ん、ルカかぁ…。勝ち目ないなぁ…」

「間宮、そっちは初耳っすよ」

「言ってないんで、そりゃ初耳でしょう。知ってたら怖いですよ」


 それはそうと俺は女の子相手に唾を付けすぎじゃないだろうか…。生徒会だけでも霧崎、結月、玲香先輩、理緒先輩って…。


 ……というか、あれ?

 これって凛月の友達の方に言ったらどんな反応されるんだ…?


 特に南は反応が想像できない。


 若干の恐怖を胸に抱きながら、生徒会のメンツに再度顔を向け、引きつる苦笑いを抑えた。

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