第153話 嘘と秘密

「……そっか。じゃあ、心は変わらないって事で良いのかな?」


 人のいない図書室に入り直して、俺は白龍先生と少し話をしていた。先生はもつ数枚の書類を見ながら、どこか呆れたように乾いた笑みをこぼした。

 一方で俺は入口の方へと視線を移す。あまり他人に聞かれたくない大事な話をだが、ここでする分には問題なさそうだ。


「そうですね」

「…いつから準備してたの、これ?」

「受験前からですよ。元々は、母さんに着いてく為に用意してたから……。6月前まではその気でした」

「…ほんと、教頭先生に聞かされた時、流石にびっくりしたよ…。なんで私に相談しないかな」

「言わないつもりだったからですね」

「……君は誰に似たのかな?」

「言わなくても分かるでしょう」


 秘密主義は湊さんから受け継いだ物だ。


「…因みに聞くんだけど、事前に相談してたのは…」

「元は母さん、その後は天音さん…ちょっと前に父さんに、ですかね。あと、教頭と理事長とは何度か。後一応、生徒会のついでに中村先輩には話してますよ」


 こうして名前を出すと、確かに身内で、かつ担任の先生でもある白龍先生に話してなかったのは少し思慮が浅かったかも知れない。

 けれど、タイミングが無かった。話す相手は慎重に選んでいたつもりだが、白龍先生は最初から頭になかった。


「まあ…えっと、そういう訳なんで…急に決まったというわけでは無いんですよ」

「…凛月たちには?」

「近い内に、湊さんから連絡してもらいます。俺からは何も言う気はないです」

「君ほんと、そういう所は…」


 微妙な表情と溜め息に、俺は思わず苦笑する。


「誰に似たのかって?知ってるでしょ」

「…まったく…。二人に愛想つかされても知らないよ」

「その時はその時で良いんですよ」

「君の周りにはそれでいいと思ってる人居ないんじゃないかな」

「湊さんはそれでも良いと思ってるんじゃないですかね。俺は丸1年くらい帰るつもりないんで」

「……君はいっそ皆に愛想つかされれば良いんじゃないかな」


 例えそうなったとしても、俺は孤独には慣れてるつもりだ。一人だったとしても、生活は言わずもがな精神的にも問題が無い。


「…じゃ、まあそういう事なんで…。来週から、父さんと一緒にドイツに行ってきます。語学留学という形で」

「はいはい…。もう決まった事だから、引き止めようもないし」

「ですね。あと、俺が日本から出るまでは他言無用でお願いしますね」

「そこだよ、私が一番不満なのは」


 見送りとか面倒な事をされるのが嫌だし、余計なことを言われて気が変わるのも困る。

 ただ、もっと単純なことでもあった。


 俺自身、母さんが居なくなってからそんな事を考える余裕が無くなっていたのだ。

 父さんと再会しなければ、きっともう一度こんな事を言い出すことは無かっただろうから。

 今はこれで良いと思っている。


「そこはまあ、俺からの人生最後のお願いって事で」

「……君が言うと冗談に聞こえないから、そんな言い方はしないでほしいね」

「冗談のつもりは無いんですけどね?流石に、これ以上は白龍先生に迷惑かけるつもりはありません」


 知り合ってから、ただひたすらに世話になり続けた。大人と子供という立場である以上、当然であり仕方のないことだとも言えるが…。


「私がいつ迷惑って言ったの?」

「普通に考えたら邪魔でしょ。先生にどう思われてるかは理解してるつもりですけど…。だとしても、俺は先生には面倒と迷惑をかけ続けたと思ってます」

「……私はそう思ってないし、感じてないよ」


 小さなつぶやきだった。


 そう言われると思っていた。

 だから、謝ったりはしない。今後そうならないようにするだけだ。

 かと言って、別に関わりを絶とうだなんて思ってない。そこまで極端なことをする気はない。

 俺は湊さんとは違って、人間関係をそうなんでもかんでも上手いこと丸く収めるなんてことは出来そうもないから、ほどほどにしておくのが良いのだと、いい加減に学んだつもりだ。


「ん…俺、生徒会の人たち待たせてるんでそろそろ行きますね」

「あぁ、はい…。って、その生徒会は君が抜けた後どうするの?」

「中村先輩は二年生から補充出来る目処があるって言ってましたよ」


 言いながら、俺は先生に対して軽く手を振ってから図書室のドアを開ける。

 最後に白龍先生は「君のそういうところだけは、嫌いだな」と微かに言葉をこぼした。


 俺は、聞こえないふりをしてその場を立ち去った。

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