第152話 吹雪の前の静けさ

「…えっ…と、他に注意事項は無いね。じゃあ、言っても無駄だとは思うけど羽目を外し過ぎない様に。以上、解散」


 夏頃にも聞いたような気がするそんな台詞のあと、白龍先生は疲れた顔で教室を出ていった。終業式嫌いなんだろうか。


 明日から冬休みに入り、ついでにクリスマスイブになる。

 羽目を外し過ぎるなと言われたすぐ後だと言うのに、教室内の端々でこれからどこかに出かけるかという様な趣旨の話が聞こえてくる。


「間宮君、先行ってるね」


 廊下側の席に座っている俺に声をかけて来たのは花笠。直ぐ側には桜井も居た。

 霧崎は諸事情で欠席しているが、今日は生徒会の仕事とは別に集まりがあるのでそっちには参加できるそうだ。


 夏休みとは違って、冬休みには生徒会の仕事がないので学校に来る機会は無い。

 なのでその前にこれまでの振り返りと、学校とは別に3年生からの引き継ぎ終わりやお疲れ様会の様な事を毎年やってるらしい。


「あぁ俺、日直とは別にもう少し遅れるから先に始めて良いって言っておいて」

「そう?分かったわ」


 教室を出て行く二人を見送った後、不意に理由もなく教室を見回した。


 達也達が残念そうな顔で部活へ向かうので苦笑を返しつつ視線を移して、目に入ったのは大翔を中心に美月、夜空、真冬の三人が和やかな雰囲気で笑い合う姿。

 美月がクラスに馴染めているのは良かったと思うが、その光景は俺としては少し意外だった。


 あまり、美月と大翔の相性がいいとは思っていなかったのだが…。夜空との関係が落ち着いたのがやはり良い傾向だったんだろうか。


 夜空の妹である汐理は、文化祭の時にも見かけたが、クロエとの繋がりのお陰で渚との関わりができた。

 クロエから聞いた話では、汐理は渚に対してはどこか少し遠慮気味とのこと。

 俺と渚に似た雰囲気を感じて、若干気まずいそうだ。俺とあいつの何が似ているのか、俺には全く分からないが。


 その話のついでに聞いたところ、彼女はまだ俺に対しての感情を諦めるつもりは無いらしい。

 霧崎と同じかぁ…。と思ったが、それは汐理に失礼か。


「…間宮君、少し良いですか?」

「ん…。どうした?」

「それが…──」


 夜空を見ながら彼女の妹の方に思いを馳せていると、蜜里さんが俺に声をかけてきた。

 彼女はある日を境に、大翔へ近付かなくなった。


 それで俺はすぐに察した。

 …あいつやったな……。と。


 恐らくは大翔と夜空がちゃんと付き合い始めた、すぐ後。


 多分、夜空に対して彼女は何かしらの行動を起こしたのだろう。大翔はそれを咎めたのだと思う。

 アイツには蜜里さんを責めない様に、と言っていたのに。


 仕方なく、その後で俺は彼女に対して色々とフォローを入れた。

 以降、こうして時々話をするようになった。元々クラスメイト程度の話は普通にしていたけど…。

 お陰で、大翔と夜空は俺に若干の不信感を持つ様になってしまった。夜空は若干だが、大翔の方は話しかけて来なくなったし、視線が厳しかったのは夏休み以前に戻った様な感覚だ。


 そもそも、大翔を筆頭に蜜里さんと夜空をとりまく環境を知る人たちは、蜜里さんの事をかなり誤解している。


 寧ろ、周囲を振り回したのは大翔と夜空の二人であり、彼女はそれに振り回されたウチの一人でしかない。本人達にその自覚がないのは問題だが、言ってもわからないからな、あの面倒な二人。


「───…間宮君、聞いてますか?私の顔に何かついてます?」

「…いや、相変わらずウチのクラスは可愛い女の子が多いなぁ〜…と」


 咄嗟に思いついた言い訳に、蜜里さんは苦笑を浮かべた。


「間宮君ってそんな事言うタイプじゃないですよね」

「そうだな、言わないだけで思ってたりはするけど。君含めて」

「からかってるんですか?」

「さあ、どうかな。霧崎あたりに言わないで君に言うってことは、冗談通じる相手にしか言わないって事は確かかもな」



「それで、何考えてたんです?」

「君は男運が悪いな…と」

「やっぱり、私の話聞いてないじゃないですか…!」

「ごめんごめん、ちゃんと聞いてるよ。天音さんが、会社の立て直ししてくれたってだろ?副社長に土下座されたって、俺も本人から聞いたよ」

「…えぇ…?どうでもいい事考えながら話は聞いてたんですか…」


 いつだったか話をしていた、蜜里さんの父親が働いている会社の話だ。親会社だった斑鳩光…理緒先輩の許嫁だった人の親がやっていた会社が倒産しかけたり…まあ、何やかんやあって彼女の父親も仕事がなくなる危機に陥っていたそうだが、その立て直しを天音さんがやってくれたという、そんな話だ。


 以前から時々経過を聞かされていたが、あれだけの問題を年内にどうにかするあたり、さすがの手腕だ。


「…というか、なんで私の男運がどうとか考えてるんですか…」

「あー…君に限った話じゃないんだよ、気にしないで」


 大翔と言い俺と言い、ついでに晶あたりとか…。顔と性格が良いの男に振り回されてる。そんな女子をよく見かけるのがこのクラスや、俺たちの環境だ。


 何となく話の内容を察したのか、蜜里さんは夜空達へと視線を移した。


「……大翔君の事は、私が悪いですから」

「多少なりとも君は悪いかも知れないけど、君一人が悪い訳じゃないな。じゃなきゃ、君に寄り添ったりしないよ」

「ふふ、間宮君がフリーだったら惚れてたかも知れないです」

「それだけはマジで勘弁して。顔の良い女に惚れられると碌な事がないから」

「……あはは…」


 本当に冗談じゃないからな。父さんも同じ事言ってたから。

 学級日誌を書き終わったから蜜里さんに軽く挨拶をして教室を出て、一階の職員室に入った。


「失礼します」


 職員室の中を見回すが白龍先生の姿は無い。取り敢えず日誌とファイルだけ片付けていると、若い女性の先生が俺に気付いた。


「あ、くろ…真君、黒崎先生は図書室だよ」

「えっ図書室ですか?分かりました」


 ところで、黒崎って言おうとしていたが、俺は別にそっちで呼ばれても問題は無い。


 実際今の姓は黒崎だ、間宮じゃない。よばれ慣れてないだろうと言う気遣いから、そう呼んでくれる人はいるが、そのおかげで夏芽姉さんとの姉弟関係に疑問を持つ人も時々、稀に居る。

 …まあ、夏芽姉さんは元々松川だし、下のクロエは二ノ宮だったんだから、今更なんだよな。


 再度教室に戻って鞄を回収してから図書室へ向かうと、入口で偶然見知った顔と出会した。


「あ、間宮君おひさやねぇ」

「ん、烏間さん。確かに林間学校以来か」

「そっちは大変そうやね」

「今年だけだよ、多分。来年には落ち着くと思うよ、色々と」


 その後も、烏間さんと少し話をしていたら、図書室から白龍先生が出てきた。

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