第151話 取り敢えず、が君らしい
時間をかけて、じっくりと鷹崎家を筆頭とした複雑怪奇な家系について、天音さんに説明をした。
しばらくして、しっかりと話を理解した天音さんは、神妙な表情のままにゆっくりと口を開いた。
「ねえ、少年」
「…なんですか?」
「…一回、私の事、お姉ちゃんって呼んでみない?」
「いや……。最初からそうだった夏芽姉さんはともかく、三年以上付き合いがあってかつ尊敬してる人を姉呼びはキツイですよ」
「じゃあせめて名前で呼ぼうよ。血の繋がりがあるって分かった上で君に名字で呼ばれるのは色々と違和感だよ」
そもそも三年以上付き合いあるのに…と、そこまで言われては流石に一考するべきだろうか。
というか、呼び方が変わったところで何か変わる訳でもあるまいし。
…と思ったけど、確かに一応ながら姉弟なんだから「少年」と「天音さん」という呼び方には中々に不可解では有るかも知れない。
「…じゃ、せめて由紀さんで、妥協して下さい」
「その乱雑で適当な丁寧語も止めにしよう?」
「……それはまあ、また今度ということで。今まで、湊さんが由紀さんに目をかけてたのは、紗月さんの義妹で、自分の姪っ子だったから…らしいですよ」
「…だったら、もっと早く言ってほしいところだったけど…」
「あの人の秘密主義は今に始まった事じゃないんで」
呟き、小さくため息を吐いた。
「…それで、ここからが三つ目の話の本題なんですけど…」
「えっ?これ本題じゃないの?」
残念ながら、本題ではない。
「…父さん…。二ノ宮誠と一度会って話してみませんか?と言うか、父さんに間を取り持ってくれって頼まれてるんです」
「……あー…。そっか、父親…。13の時の子ども、だもんねぇ…」
「父さんと警察と、湊さんとの間にはまあ、色々あったりはしましたけど…。無罪放免、しっかりと調べた結果真っ白だったらしいんで、会う事自体は問題無いと思いますよ」
そう、会う事は問題無い。
どちらかと言うと、問題は俺の方。
「…一応、俺の希望を言うと…。会って欲しくないです」
「えっ?珍しいね、君がこういうときに感情論を出すのは」
「……言う通り感情論なんで、考慮しなくて良いですよ。寧ろ、会えば何で俺が嫌がってるのか分かると思いますから」
感情を置いておくと、間違いなく会うべきだ。
父さんの気持ちはどうだっていいが…。
今後、紗月さんは由紀さんと会う気が無いらしいから、せめて父さんとは話をするべきだろう。
気難しくて、秘密主義で、面倒な夫婦だ。
「…それなら、会う時は君が居ない場所の方がいいかもね。連絡先だけ教えてもらえるかな」
「…分かりました」
スマホを操作する横で、由紀さんはポツリと呟いた。
「…やっぱり、君との時間は有意義だね…」
「退屈はしないでしょうね」
「……正直な気持ちを言ってもいいかな」
「どうぞ」
「…君と姉弟はちょっとだけ、嫌だなぁ……」
「それは、どういう意味で?」
「……色んな意味で、かな」
そこにどれだけの気持ちが込められているのかは、やはり俺には分からない。
人の感情には敏感なつもりでも、いつも飄々として自分の本音や弱みを見せないこの人には敵わない。
だからこそ、俺は自分から心を開くことで、この人のお眼鏡にかなう事になったのだと思っている。
「色々と話が済んだ今だから言いますけど…」
「はいはい?」
「…姉弟だと知らなかったら、大学に入学次第、由紀さんにプロポーズするつもりだったんですよね」
「………え…?」
「恋愛的な感情は、俺には分かりませんけど…。少なくとも、俺自身が心から『この人を隣で支えたい』と思ったのは、あなただけだったので」
それまでに恋愛的な事を経験しておきたいな、と思っていたのは事実だし、結果としてはそれは叶わなかったのだから、あまり生産性のない話だが…。
「……どうも俺は、身内に心惹かれる気質がある見たいなんですよね」
特に“姉”という存在に対して。
苦笑混じりに呟くと、色々な感情が複雑に入り混じったような表情で俺のことを見ていた。
それはきっと、憧れの様な感情に近いのだと思う。紗月さんや由紀さん、白龍先生と、尊敬できる魅力的な年上の女性に縁があるから、そんな気質になったのかな…と自分では考えている。
一方で、クロエや汐里といった年下は、ごく当たり前に年下相手の庇護欲的な物がある。
それでも、結局俺が選んだのはあの二人だ。
そう、結局。
こうならない道は確かにあったが、俺はこうなる道を選んだ。
それはやはり“そうなる事を求めてる人が居たから”という、俺らしい理由だけど。
「……やっぱり、君と姉弟じゃなければなぁ.…」
「愚痴は親に言ってください」
本来は言える機会なんて無かったわけだから、存分に言ってくると良い。愚痴だって、なんだって話すと良い。
暗にそう伝えると、由紀さんの浮かない顔が少し穏やかになった。
「そうだね、言える様になった。君のおかげでね」
「……俺のおかげ…なんですかね?」
どうだろう。
俺は割と、自分勝手に場を混乱させたりもした自覚がある。
ふと、見上げていた星空にキラリと流れ星が一筋の弧を描いた。
「…君は、偶にしかみれない流れ星と、いつも空に見える月だったら、どっちが好き?」
「どちらかと言えば月ですかね」
「……つまり偶にしか会えない私より…」
「そう言う比喩的な話なんですか?月って、俺にとっては数少ない、純粋に好きな思い出があるんで結構好きなんですよ」
「へえ、君の思い出話とか聞いたことないな…」
過去のことを掘り返したり、後悔したりするのは俺の主義じゃない…というか、思い出したくない事がそこそこあったり無かったりするから、思い出話とかはしない。
だが月と言うと、必ず思い出すことがある。
「小6の時、修学旅行の泊まり先の旅館に居た時、消灯時間に抜け出して、美月とその旅館の中庭で満月見てたんですよ」
「告白でもしそうなシチュエーションだね〜」
「別にそう言うのはありませんでしたけどね。ただ…何ていうかな……」
理由も無く、夜空に浮かぶ半月にそっと手を伸ばした。
……あの時が、最初で最後だった気がするんだよな…。人生で、一番純粋に笑ったと思う……。
あの時間が、ずっと続いて欲しかった。
今だって思い出すと、鮮明にそう思う。
他に誰も居ない空間で、ただ意味もなく美月と二人きりで居る。そんな時間がずっと続いたら良いなって。
けど…。なんで、届かなかったんだろう?
…いや、届かなかったんじゃなくて…。
結局のところ選べなかった。
「…多分、自分でも気付かない内に察してたのかな、美月が俺の事好きだって。でも、あの頃はそう言う話避けてたから…」
「……?」
「湊さんが、俺を凛月達から離れさせようとしてた頃だったから、俺はそれに従うつもりだったんですよ。でも……その後で、由紀さんに会って…」
そう、それで色々と変わった。
ある意味、俺の中で一番の転換点だ。
…由紀さんに会ってなかったら、どうなってたんだろうな?
「私って、もしかして結構君に影響与えてる?」
「結構、じゃないです。先の人生をほぼ全部変えられたくらいですよ、特に就職先とか。でも、嫌だとは思ってません」
寧ろ、俺の人生の中で一番運が良かったことだと思ってるくらいだ。
「じゃ、悪い事したとは思わないでおこっかな。弟に未来を与える良いお姉ちゃんって事にしておいてほしいね」
「はいはい、お姉ちゃん大好き〜」
「君はそういう所あるよねぇ…」
苦笑いを浮かべた由紀さんの横で立ち上がり、軽く伸びをする。
「…んっ、そろそろ帰ります。凛月から連絡来たんで」
「あ、うん。それじゃあね」
ぷらぷらと手を振って、反対方向へ歩く由紀さんの後ろ姿を横目に踵を返して、俺も帰路へつく。
これでやっと、一つのトラブルに方がついたと、意味もなくそんな気がした。
いつから続いていたトラブルなのかは分からないが、多分由紀さんと出会ったその時に始まったんだと思う。
だから何だって話だが、妙にスッキリした心持ちで俺は夜空の下を歩いた。
俺はもう、昔みたいに戻って良いんだろうなと思う。
母さんとは違って、自分から面倒事に首を突っ込んでいくのが性に合ってる訳じゃないから。
トラブル体質なんてのは今更ではあるが、逆に言えば今に始まったことでも無い。
一人で抱え込むしか出来なかったのも、今は違う。
「ん、おかえり」
「あ!真おかえり」
……帰る家に待つ人がいる事から、随分と帰宅の気分が違う。
俺が帰ってきたのは間宮宅。
文化祭のすぐ後で凛月が、暇がある時は三人でここで過ごしたいと申し出てきた。
…と言うのは、多分建て前で…本当は俺が危険な行動に出ないかを確認したいのだろう。あとは、美月から色々と報告を受けるために。
なんにせよ、しばらくは大人しくしてないとこの二人に軟禁されそうだ。
「今ご飯出来て……って、どうかした?」
玄関で立ち止まって居たら、凛月が振り向いて首を傾げた。
その様子に、俺は小さく笑ってみせた。
「…いや、何でも無い」
………自分が家で待ってる時に、母さんはこんな気持ちで帰って来てたのかな、なんて考えてしまった。
後悔はしてないが、やっぱり少しだけ気になった。
…母さんは、俺をどう思ってたんだろう…って。結局、本人の口からは何も聞けなかったから。
「真早く〜!」
「…なにやってるの?」
「はいはい…。今行くよ…!」
考えたって無駄だと、分かってても思うところはある。
けれど、それよりは目の前の事を考えなきゃいけない。
…んー…取り敢えずは、冬休みの予定でも立てる所からかな。
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