第150話 真と由紀

「…はぁ…」


 そっとため息を吐くと、街灯の下で白霧が小さく姿を見せた。

 ゆっくりと天を仰ぐと、月が浮かぶ冷たい夜空がどこまでも澄んでいる。


 季節は冬本番。未だ初雪は姿を見せないが、外に出るなら厚着が必要になる。


 高校の行事はと言うと、文化祭が終わり休日返上の校内はそのはしゃいだ空気を学期末考査へと百八十度変化させている。


 勉強に関しては特に不便してないので、俺はそっちは特に気にしてないが…。


 俺は、随分と久しぶりに来た気がする、とある河川敷に来ていた。


 俺にとっては、色んな意味で思い出があるこの場所にいると、背後からとても心地の良い女性の声が聞こえて来た。


「やあやあ少年、いつぶりかな。最近見ないから、お姉さん忘れられたのかと思ったよ」

「夜中にすみません。あと、つい最近、凛月達のことで相談しましたけど…?」

「その時は通話だけじゃないか、私は君の顔を見て話すのが好きなんだよ」


 そういう物だろうか?まあ、そうか。俺もこの人とは顔を合わせている時間のほうが好きだ。


「どちらにせよ、よく話題に挙がってたんで、あんまり久しぶりな感じしませんけどね」

「ありゃ、知らないところで随分人気になってるみたいだね」

「若い美人社長なんて、そりゃ人気ですよ」

「大勢からの人気よりも、君からの好感度が欲しいね私は」

「かなり高いと思いますけど」


 言いながら、横に座ってきた天音さんに顔を向ける。

 いつもの長い黒髪はバッサリと切られて、ショートボブになっていた。


「あれ、髪切っちゃったんですか?」

「ちょっとストレス事があって、気分転換にね。似合わないかな?」

「いえ、単に見慣れてないだけで、可愛いと思いますよ。俺は長いほうが好きですけどね」

「おっと、上げてから下げないでよ」


 何となく天音さんの髪に手を伸ばすと、撫でろと言わんばかりに頭を下げてきたので、思わず手を引っ込める。 


「ありゃ、撫でてはくれないのかな?」

「…ったく…」


本心からの苦笑混じりに、よく手入れされてるのだろう柔らかな黒髪にそっと手を伸ばした。


「……なんで撫でてる俺のほうが恥ずいんだよ…」

「ところで、今日はどうしたのかな?珍しく」


珍しく、という部分を妙に強調された。本当はもっと来いって言いたいんだろうな。


「…実は、少し報告があります」

「凛月ちゃんが妊娠したとか?」

「アイツにそんな時間はありません」

「じゃあ美月ちゃんか〜」


その話題は地雷だからやめてくれ…。


「妊娠から離れて下さい、高校生の時点で幼馴染を妊娠させるほど、俺は性に溺れてませんから。今日は天音さんの話ですから」

「おっ、さっそく浮気かな?私は大歓迎だけど」

「…あの、天音さん。今回ばっかりは真面目に聞いて貰えませんか?」

「そう?なら、嫌われない内に真面目に聞こうかな」


 今日は天音さんのテンションが妙に高い。

 どうも、本当に俺と久しぶりに会えたことが嬉しいらしい。こうも好かれているの理由というのが俺は、本当分からない。


「お話したいのは三つです、まず一つは簡単な話で…。高校卒業次第、天音さんの下で仕事を体験したいって話です」

「えっ、もしかして高校中退してうち来てくれるの?」


 …………あんたさぁ。


「俺の話聞いてました?そこまで譲歩はできないんで、せめて大学行きながらって事にして貰えませんか?」

「可能な限り早くして欲しいね」

「…今更ですけど、なんであえて俺に拘ってまで、早くして欲しいとか、言うんですか?」

「ま、本音を言うと…私の立場ごと、丸々君に継いで欲しいんだよね。それを全部教えるってなると、やっぱり時間って幾らあっても足りないじゃん」


 天音さんは軽くそう言って空を見上げる。

 湊さんと言い、俺の事を無駄に高く評価しているのは何なんだろう?


「自分で言うのもアレなんだけど…。俺は確かに人より優れてる部分は多いですけど、根っこの性格的には、人の上や前に立つのは向いてませんよ」

「無能がやるよりは、百倍マシだよ」

「実感籠もってんな……」


 いつだったか、天音さんはその無能とやらに振り回されていた様な。前に割り込んでしまった会議って、結局なんだったんだろうな。


「ま、取り敢えずは了解しておくよ。元々頼んでるのは私の方だもんね。お話の二つ目は?」

「…天音さんの、義理のお姉さんに関する話です。以前に、天音さんも話してましたよね」

「えっ、うそ?見つけたの?」


 見つけた、という言い方は少し違うかも知れない。

 俺も父さんとあった事で、偶然聞いた話だから。


「湊さんに、俺から伝える様、言われたんで」

「…なんであの人が知ってるの?私が、自分の家の事必死に探しても見つけられなかったのに」

「……紗月さんなので」

「…紗月…って、湊さんの奥さんの?」

「はい。俺の幼馴染達の母親で、湊さんの奥さんの、鷹崎紗月さんの旧姓が天音で、あなたの義父の実子です」


 実は、もう何度も顔を合わせていた。

 だがこの話はもっと大事おおごと…というか…。

 少し唖然としている天音さんに、「それで、三つ目の話もこれと関係してるんですけど…」と一つ前置きをして続きを話す。


「…俺と天音さんって、異母姉弟らしいです。父親は俺と同じ二ノ宮誠で…母親は、湊さんの母親と祖父の間に出来た女性だとか」

「……???」


 天音さんは、キョトンと可愛らしく首を傾げた。

 流石に意味が分からないらしい。


 …いやまあ、そりゃそうだよね。

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