第144話 文化祭②
体育館から出た俺が、次に向かったのは自分達が使う教室だったのだが…。
「…えっ、お前何してんの…。仕事は?」
二階に上がる踊り場で、偶然見つけた人影に思わず声をかけた。ニットセーターにジャケット、ロングスカートという冬らしい格好をしている女性だ。
ついでに言うと黒髪にキャップと、サングラスだが…。
「…凛月、おい。俺が気付かないとでも思ったか?」
「や、流石に気付かないでおこうよ、人として」
サングラスを少し持ちあげると、蒼穹にも似た美しい瞳を曝け出した。
それを見てから、少し周囲の視線を確認、声のトーンを落として、歩きながら話を再開する。
「…随分と、変装がマジだな」
「流石にね。真にも気付かれない様に、袖の中にブレスレット隠してたんだけどな〜…」
「姿勢と体格と歩き方見れば分かるだろ…」
「それを把握してるほうがおかしいんだってば」
凛月と実付きはどちらも姿勢が良くて背筋がピンとしている。美月はまっすぐに足を出すが、凛月は少しモデル歩きの様に足を内寄りに出して歩く。
…というのは、昔二人の外見に大きな差がなかった頃に気付いて、見分けが付かない時に把握していた見分け方のような物で、気付いたのはその名残と言えなくもない。
今は変装していようが、ぱっと見でもどっちがどっちかなんて分かるけれど。
「おかしいかな…。…最近気付いたんだけど、俺多分、割と普通な方だよ」
「えっ、何急に?」
「いや…。ちょっと別のクラスに仲いい男子が居るんだけど、そいつと話してる時に偶然クラスの女子全員の生理周期を把握してる奴が居るとかなんとかって話になって…」
「えっ、それは…流石に……特殊な方じゃない?」
ここで「気持ち悪い」とかって言わない辺りが、凛月の性格をはっきり表してるように思う。
「いや、その後の話で…。好きな子の生理周期把握してる奴は割と居るって事を知って、結構ドン引きしたんだけど…。俺って結構慎ましい方なんだなって」
一番びっくりしたのは、大翔が蜜里さんのそれを把握していた事。
「…私も教えようか…?」
「いや、流石に様子が違えば勝手に察するよ」
「真って何気に避けそうだよね」
「触らぬ神に祟り無し、だからな。でも、一番怖いのはそれが無いのを良いことに夜這い仕掛けてくるお前の姉だよ」
「…あんまり、私の大事な大事な美月をビッチみたいに言わないでくれないかな」
「尻軽では無いだろ、寧ろかなり一途な方なのは身を以て知ってるよ」
問題なのは寧ろ、その愛が重すぎて揺らがない事だが。いや、揺らがない事はいいことなのだろうけれど、その内ヤンデレ化しそうなのだけが本当に怖い。
一応、妹想いな一面のお陰で今は何とかなってる感があるが…。
一年二組の出し物をやっているクラスが目に入った時、ふと理由もなく思い出した。
「そういや、ずっと聞こうと思ってたんだけど…」
「ん?」
「凛月は…未だに思ってんのか?」
「えっ、何を?」
「…俺と美月が、一緒になって欲しくないって」
旅館に行った時のやりとりだったか。
凛月といい、美月といい、意見や思いがバラバラに分かれていた。
今の二人には、そんな様子がある様には見えないが…。
「勿論」
と、凛月は平然と答えた。
「どちらかを優先することは無いって言いつつ、私のこと選んでくれて、凄くホッとしたもん」
「…それは、湊さんが鷹崎姓を継げって言うから」
「それなら、美月一人を優先したって良かったでしょ?真は私よりも美月と居た時間の方が長いし…どっちも選ぶってなったら、それは顕著になるって分かりきってるもん」
言いながら、小さく笑う凛月は口にこそ出さなかったが、その逆に「私だけを選ぶ選択肢は無かったでしょ?」と暗に問い掛けてきた様に見えた。
彼女は寧ろ、俺から距離を取る事を選んだくらいだが、それも完全ではなかった。
「…ごめん、ちょっと性格悪かったかも」
「いや…。凛月としては複雑だよな、分かってるよ。俺は紗月さんが用意してくれた逃げ道を歩いてるだけだって、自覚してる」
「ふふっ、良いんじゃない?偶には真も楽な道歩こうよ」
微笑み、再度歩き出した凛月の後を追う。
…そうだよ、これは逃げ道でしかない。
……だから、今日まで何もして来なかった。
…………それはそうと、お前と美月の二人を自分の物にする道は一切楽じゃねえからな…!
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