第140話 専念

 紗月さんから、話が終わったと連絡が入ったので、俺と湊さんは隣の家に戻った。


 紗月さんは満足そうなホクホク顔、凛月は恥ずかしそうにしているが、美月はいつも通りの無表情でこちらを見ている。


「話は済んだんだよな?」


 湊さんがそう聞くと、凛月は大人しく頷いた。

 思わず湊さんと顔を見合わせて、肩をすくめた。女同士とは言え、一体何の話をしたんだか。


「…それで、美月はどうするんだ?」

「ん、真のお世話になるし、真と、りつの事を支えるつもり」

「……ま、そうか」


 湊さんは再度肩をすくめて、何処かの部屋に戻って行った。家が広すぎて、何処に行ったのかは俺には分からない。


「それなら…。まあ、改めて、これからもよろしくな、二人とも」

「…ん、よろしく、真」

「今更ではあるけどね…。うん、よろしくね」


 そう言う事になったのなら、忘れない内に美月にも渡しておくとしよう。


 凛月の隣に座っていた美月の手を取って、俺は凛月と同様にブレスレットを着けた。


「…ブレスレット…?」

「あ、これと…」


 凛月のとは色違いで、シルバーのリングとサファイアの装飾がなされている。


「立場上、凛月とは結婚する事にはなるけど、生憎とどっちを上に扱うとか下に扱うとか、そんな器用な事ができる人間じゃないからな」


 二人は互いのブレスレットを見て、微笑み合う。


「真は湊くんと違って、粋な事をしますね」


 あの人器用に見えて不器用だもんなぁ。

 ……これなら、追及されよう姉妹でお揃いだ、という言い訳も立つからな…。


「美月には、結婚してほしいとは言えないけど…。でも、一生俺の側にいて欲しい」

「当然、真が嫌がってもそのつもり」


 そう答えた美月の頬に手を添えて、そっと唇を重ね合わせた。

 いつもなら積極的な美月がこの時ばかりは、珍しくされるがままだった。


「…っ……。一応、人前なのに…」

「ん?今更だろ。それに、俺からするのは初めてだったよな?」

「……お母さんの前で、よくできるね…」

「うふふっ、好きなだけイチャイチャしてくれて構いませんよ」


 ふと、湊さんが何処からかリビングに戻って来た。


「ほら」


 そして俺の顔を見るなり、何か小さな光る物を投げ渡してくる。


「…えっ…なんですかこの指輪…」


 投げ渡されたのは小箱。

 それを開けると、プラチナの指輪が入っていた。


「お前の手なら、薬指に入るだろ」

「…お父さんが婚約指輪渡すの…?」


 凛月のツッコミは置いておき、湊さんの言う通り左手の薬指にピッタリと嵌まった。


「…凛さんが、結婚一年目の記念日の時にくれた物だ。お前が持っとけ」


 そんな物を投げんなよ…!


「母さんのプレゼントのセンス…。…って、俺が持ってて良いんですか?」

「お前、人生で一回も、凛さんから身に着ける様な物のプレゼントって貰ったことないだろ?」


 そう言われて、少し考える。

 何を持ってプレゼントとするのかが疑問だが、最早そんな事を考える時点でお察し。


「…そもそもプレゼントってのが無いですけど」

「…なら、せめてもの餞別だよ」

「なにも、離れ離れになる訳じゃないですけど」

「…凛さんとは、しばらく会えないだろ」


 元々大して会って無かった、とここで言うのは野暮だろうか。


「……まあ、じゃあ…。はい…。形見ってことで、貰っておきます」

「あぁそうしろ。魔除けだ魔除け」

「……それ、魔除けじゃなくて女除けじゃ…?」


 凛月の言う通りかも知れない。


 母さんの遺品整理は紗月さんに任せたし、あの家はあのまま、ある程度寝泊まりが出来る様に置いておくつもりらしい。


 このままいくと、俺の寝室だけ行為部屋みたいな事になりそうなのだけは不安だが、凛月はそっち系の話にあまり積極的ではないので、そこだけはとても俺と相性がいい様に思う。


 何にせよ、これは貰っておいて良いのかな。正直気乗りはしないが、ここで返すのもおかしな話だ。


 正直なところ、今回の件は今決めなきゃいけない事でも無かった。

 その一方で、今のうちに決めとかないと俺がまた壊れそうだったから、多少早計でも強引でも、終わらせておいて良かった。


 ……これで、しばらくは文化祭の方に専念できるしな。

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