第138話 “鷹崎凛月”と“間宮真”

 あれから、翌週。土曜日の夜は九時を回った頃。

 俺は凛月を間宮宅に呼び出した。


「あれ、真がゲームやってる、珍しい」

「お、やっと来たな。お疲れ様」

「ごめん、お風呂入っててちょっと遅くなっちゃったかな」


 対面の位置に座る、ふわふわした猫耳フードのついた可愛らしいパジャマを着た凛月。

 買うだけ買ってやってなかった携帯ゲーム機をテーブルに置いて、俺はあえて隣に移動する。


 反応はピクリと肩を揺らすだけ、気にしない様にしているのかゲーム機を手に取った。


「真って、ゲームあんまりやらないよね」

「うん、久々にこういうゲームやったけど、思ってたよりも面白い」

「久々だっけ?昔やってた?」

「いや、中学入ってすぐの頃、九条とちょっとやってたくらいかな。その前は、そんな余裕無かったし」

「あ、そだっけ。あんまり九条君とも一緒に居るイメージ無いんだけどな」

「一応、晶よりは付き合い長いけどな…?」


 凛月はゲームを点けて画面を見るなり、わ、これやったなぁ…と言いながら眉を上げた。とても有名なハンティングアクション系のゲーム。

 少し凛月がプレイ姿を見てみると…取り敢えず、俺より上手いのは分かった。

 …今度ちょっと教えてもらおう。


「…ところで、今日はどうしたの?あんまり、夜に呼ぶってしないでしょ」

「そりゃ、普段なら疲れてる奴をわざわざ夜中に呼びださないよ。年末までは、お互いに忙しいだろうし、いつ会えるか分からないから、余裕ある内に話しておかないと行けないと思ったんだよ」

「……そんな大事な話、なにかあったっけ?」


 本人的にはあの話はもう終わった事になってるのだろうか。

 こっちは割とずっと悩んでいたと言うのに。


「この前の返事だよ。タイミング無かっただろ」

「……?」


 まず言わなきゃ行けない事があるだろう。

 俺は真っ直ぐに凛月を見つめたあと、深く頭を下げた。


「…えっ!」

「一ヶ月以上も待たせてごめん。返事をしろって言われてないからって正直なところ、逃げてたんだ。最近は本当に色々あって、頭の中ゴチャゴチャしてたし、放っといても良いかなとかって思ってた」


 実際、凛月だって忙しかったから、同じ様な事を考えていた筈だ。

 その場から逃げ出したのは、他でもない彼女だから。


「…それは、良いよ…。あの時言ったのは、ただの私のワガママだから」


 ワガママか。それを言ったら、俺はいつまでもこの環境に振り回されるのが嫌だ。

 いい加減に決めなきゃ行けないことを先送りにし続けて、うやむやになるまで待ってると、頭がおかしくなりそうだから。


「俺にはさ、どれだけ考えても恋愛なんてのは、分からない。でも、これだけは言える」


 旅館で、一緒温泉に入ったとき。

 凛月の思惑がなんであれ、俺は彼女に言われて「家族」だと言われて、救われた部分が確かにある。

 でも、美月は「他人」だと言っていた。


 …他人なら、他人でも良いよ。どうせ、身内である事に変わりはない訳だから。


「…俺は、凛月の事を愛してるよ。君が言ってくれた意味と同じだとは思わないけど…同じくらい、気持ちが込められてると思ってる」

「え、えと…。その……。そんなこと、真に言われると…思って無かったから…」


 なんて返せば良いのか分かんない…と微かに呟く凛月の頬は、朱色に染まっている。


「…凛月」

「は…はい…」

「俺は多分、どれだけ時間を使って考えても、行動しても、誰かを恋人にしたいとか、恋人になりとかって思う事はないと思う」


 それはきっと、相手が誰だろうと同じだ。


 凛月が少し、不安そうに顔を上げた。


「…だからさ、凛月とも恋人になるって事はできない。美月とそうなる気もない」

「………うん」

「…まあ、そう言っても、美月が離れようとしないのは分かってるけど…。でも、君は違うだろ。俺から離れようとする」

「それは…。だって…」

「言い訳は良い。俺はそれが嫌なんだよ。君の言う「恋人になりたい」ってのがワガママだって言うなら、俺もワガママを言わせてもらうよ」


 凛月のフードを外して、震えていた手を握った。

 真っ直ぐに顔を見つめ直すと、蒼穹の様な瞳には涙を浮かべている。

 そんな姿すら綺麗だとは思うが、やっぱり凛月には、悲しみによって流れる涙はあまり似合わない。


「凛月、結婚しよう」


 一瞬ぽかんと目を丸くした後、狼狽える凛月の唇を少し強引に奪った。


「それ…っ…!!?っ…!?」


 キスをするのも随分と慣れたような気がする。

 でも、何気に凛月とは初めてか。同じくらいの年月を共に過ごしている筈の美月には、散々されていた気もするが。


 それに…。俺が自分から、誰かにしたのも初めてだっただろうか。

 いつも、される側だった。


「ぷはっ…。な、なんでそんな…!私達まだ…」


 自分の唇をおさえて、狼狽える凛月に少し苦笑いをして、顔がよく見えるように前髪を指で横に流した。

 頬を手で包み、もう片方の手で少し抱き寄せる。


「…気が早いのは分かってるけど…もう美月と渚には納得してもらったし、紗月さんには『寧ろそうして下さい』って言われてる。湊さんも、俺が何か言う前に紗月さんに丸め込まれてたし」


 今になって知ったが、湊さんはどうやら俺と自分の娘がどうこうなるよりも、紗月さんに嫌われる方が嫌…らしい。


「凛月だって、拒む気は無いんだろ?」

「な、ないよ……嬉しいけど、色々びっくりだよ…。美月も…納得してるの…?」

「…その辺は、詳しい事は美月と紗月さんから聞いて。俺に理解できる領域の話じゃないから」


 こっちに来てから少し話をしている二人を見たが、正直俺には分からない。なんなら、湊さんも理解不能って顔をしていたから、多分根本的に、倫理観の違いなんだと思う。


 ふと、凛月が強張っていた体から力を抜いて、俺に体重を預けてきた。


「…ね、ねえ…真…」

「…なに?」

「……なんで、こんなにドキドキしてるの…?」

「なんでって……。あのな、断られないって頭では分かってようと、いくら俺でもプロポーズする以上は緊張するんだよ」


 言ってから小さくため息を吐いて、ポケットからブレスレットを取り出し、凛月の手首にそれを着けた。ピンクゴールドのリングにダイヤモンドのシンプルは装飾がなされている。


「え…と…これは?」

「現役の高校生アイドルに婚約指輪は流石に不味いから、その代わり。目立たないし、一々着け外しする必要も無いから良いと思って」

「…これ…さ」

「ん?」

「……高校生が買うような奴じゃ、なくない…?」


 恐る恐ると言った様子でそう聞いて来た。


 わざわざ天音さんに、プレゼント用のブレスレットについて聞いて、お店を紹介してもらった。

 予算ガン無視して凛月に似合う物と、月宮ルカに合ったブランドを探したから、確かに高校生が気軽に手を出せる物ではない。


 ただ、プロポーズで、かつずっと着けていられる物で、ほぼ一生物と考えると、個人的には出費にしても全く懐は痛まない。元々物欲もないし…。


「…い、いくらしたのこれ…」

「……まあ、15万くらいだけど…。元々想定してた十分の一くらいだから、大分落ち着いてるよ」

「……元々の十分の一…?え、最初は…何プレゼントしようとしたの」

「いや、だから…元々は婚約指輪だけど…。天音さんに『超人気の高校生アイドルがそれを着けるのは不味い』って言われたから、目立たない奴を…」

「えっ…。150万くらいの婚約指輪買おうとしてたの…?」

「いや、俺が気に入ったのは170くらいのやつ…」


 正直、それでも痛い出費ではない。

 現時点で、普段娯楽に金を使わないタイプの高校生が持ってる貯金にしてはあまりにも将来を見据えすぎている様な金額が通帳には記されているから。


 呆然とした様子でブレスレットを眺めた後、凛月は小さく呟いた。


「…本気なんだ…」

「当然だろ…。まあ、湊さんには条件付きで、って言われてるけど」

「えっ…。条件って…?」

「今どうこうって話じゃない。もし入籍するのなら、その時は婿入りしろって、それだけだよ」


 つまりは、鷹崎の姓を名乗るということ。


「湊さんにとって、自分の祖父から受け継いだ莫大な遺産は負の遺産みたいな物だから、渚には継がせたくないんだとさ」

「…お父さんも、面倒くさい性格してるなぁ…」

「あの人も、肩に色々背負ってるからな。美月と凛月、両方とも貰う事になるんだから、それくらいは受け入れるよ」

「…え?美月…?」

「あぁ、うん。その辺は、本人から聞いてな」


 俺には説明出来る自信がないからね。

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