第136話 そういう家系

 …うぁぁ……。…やっちゃったもんなぁ…。

 夏芽姉さんと。真夜中に、風呂場で…あんな…。


 ぼんやりと覚えてるだけの白龍先生の時とか、半ば曖昧な記憶ばかりの美月の時とは違って、完全なシラフの状態で…自分から。


 その状況を作ったのは夏芽姉さんだが、だとしても結局行動を起こしたのは俺だ。後悔するって分かりきってた筈なのに……。

 ………あまり後悔してない自分がいる…。



 これが湊さんの言っていた「ウチは“そういう家系”なんだよ」という台詞の正体なのだろう。


 これだけ近親相姦で子供が生まれている家系でありながら、精神的にはともかくとして肉体的には異常のある子供が生まれて来てない。


 それどころか“能力だけなら優秀な人間”ばかりだ。


 近親相姦の果てに居る「鷹崎由紀」…もとい天音由紀さんが、ウチの家系の才能人筆頭なのがいい例だ。今思うと、彼女が俺を見出したのも、血筋的な何かがあるのかも知れない。


 そのせいだろ、婚外子が異様に多い家系になってんのって…。


 ついでに言うと、なんで近親相姦が多いのかも、実際に体験して分かった。

 ……背徳感とかそれ以前に、体の相性が良過ぎる。

 多分、ウチの家系の先人達もドツボにハマったんだろうと思う。


 そしてそのドツボにハマりかけてるのが、俺と夏芽姉さんな訳だが…。

 いとこ、と言う立場からして、もしかして美月もこんな感覚だったのだろうか。


 …と言うか、ことごとく血筋的に近い人と肉体関係が出来てしまう辺り、マジで俺って悪影響あるんだな…。


 湊さんが言っていた事がよく分かった。


 湊さんは結局…多分父親として、美月の気持ちを汲んで、俺の近くに置くことを決意したんだろうけど…。


 ……今回の一件で、それは駄目だなって、本気で思った。


 湊さんが突き離したがる理由も、実感してしまった。いとこ、という立場だと将来的には結婚できるのが大問題だ。


 いや、今は美月のこと考えてる場合じゃないんだ……。


 なぜなら、現在は家族会議中だからだ。


 時刻は午前八時。


 俺は今まで知らなかったのだが、この家に来てからと言うもの、毎朝美月が俺の寝顔を観察しに来るらしい。

 その結果、俺の横で一糸纏わぬ姿のままに眠っていた夏芽姉さんまでも発見され、美月は即座に白龍先生へと報告。


 俺と夏芽姉さんは、目が覚め次第即刻、リビングでソファに上に正座させられていた。


 現在この場には俺と夏芽姉さん、白龍先生、そして美月が居り、幸い今日は休日だ。

 クロエは朝から鷹崎家の方に行っていたので、これまた幸い、この場には居なかった。


「……つまり、お風呂で夏芽に強引に迫られた結果、欲望に耐えきれずに行為に及んだと…」


 白龍先生のそんな言葉に、俺は大人しく頷いた。


「…そうですね」


 何も言い訳できません。

 正直、姉さんの裸体にはすごく魅力的に感じました。こっちが実は必死に抑えてるのに、めちゃくちゃ誘ってくるんだもん。


「……こう、私が言うのも、変な話なんだけどね…。真はもしかして、身内じゃないと興奮しないとか…その、勃たないとか、そういう性癖でもあるの…?」


「…今のところ、否定は出来ないです」


「そ、そっか…」


 夜空に耳をいじられたり甘噛みされても、恥ずかしいしビクビクさせられるけど、勃ちはしない。

 美月とか夏芽姉さんに耳を甘噛されると、力が入らなくなって、なんか気持ちよくなって普通に勃つ。

 そのくらい、身内相手には肉体的に惹かれる。

 俺の心とは別にね?


「……その…。夏芽?」


「…はい」


「前々から、明らかに姉弟の距離感では無いなって思ってはいたんだけどね…。信用してなかった訳じゃないけど…。正直…って思ってたから、あんまり驚きはないというか…。どちらかと言うと、真がそれに絆されたのが意外だったから…」


「…やるとは思ってたんですね」


「そこは…ほら、私も美月も、人の事言えないから」


 ………そう言えばそうじゃんかよ…。

 なんで白龍先生が美月との関係まで知ってるのかはさておいて、確かにその通りだ。


 決して俺がそうしたかった、という事実は存在しないのに、俺はこの場にいる三人の身内女性全員と肉体関係を持った事になる。


「…私が誘惑しても抑えられるのに、夏芽さんだとダメなんだ」


 気の所為じゃなければ、美月が生気のない瞳でこちらを睨み付けている。あの時、一番重要だったのは隣に渚が寝てた事だ。それが無かったら分からないというのが本音だが、それを口に出す必要も無い。


 つーか、父さんや先祖の事はもはや何も言えない。

 名も知らぬ祖父と、顔も知らぬ曽祖父を罵ることは許されない。


 叔母、従姉、異母姉って…。俺もう、普通の恋愛出来ない…。継母と関係持った光源氏を笑えない。


「…真には、最初から誰とどうこうなるつもりは無いっていうのは、流石にもう分かってるんだけど…一応」


 そう言われて、不意に顔を上げた。いつの間に床を見ていたんだろうか。


「…真は、わざわざ湊が美月をここに置いてった理由、分かってはいるんだよね…?」


 正直、俺は父さんのアドバイスに従うつもりだ。

 本気で惚れてる訳じゃないのなら、美月と凛月からは離れた方が良いと。湊さんも、本来なら俺から離したがっていたわけだから、被害は一致している。

 ただ、湊さんは美月の熱意を感じ取り、この家に滞在させる様にした。ついでに「頑張れよ」とまで言って認めた。


「事情というか、美月の気持ちとか、一応は理解してるつもりです。ただ、正直あまり納得はしてません」


 夏芽姉さんに絆されて数時間ほど快楽の海に溺れた俺が言えた事ではないが、一々精神的な消耗が激しいから、可能なら向こう十年くらいは女性関係の縁が無くなっても良いとすら思ってるのが、今の俺だ。


「美月がそばにいてくれるのは素直に嬉しいですけどね、美月の愛が俺には若干重い気もしてるし、何より美月を俺の懐に潜り込ませて、動きに制限をかけようって湊さんの気持ちが透けて見えるのが気に入りません」


 思わずそんな本音がこぼれた。

 俺も俺で、湊さんの事があまり好きじゃないかも知れない。


 …あの人にとっては、俺が周囲に与える影響の大抵は悪影響そのものなのだろう。

 実際、湊さんが今まで見てきた二ノ宮や、彼の父親と祖父なんかの行動を、話としては知っている俺としても「俺がいると碌な事にならないだろうな」と思っている。


 それはそうと、美月の好意を利用して俺の行動に制限をかけるのはいただけない。


 …というか、そもそも俺にとって美月は本当に特別な存在なんだよ。あの人、多少なりともそれを理解してるんだから俺の意思も尊重してくれりゃいいのに…。


 湊さんが俺に美月や凛月を近付けたくないと言うのであれば、俺は普通に従う。というか、それを拒否するのは美月くらいだ。凛月だって自分から距離を置くようにしてたんだから。時々たえられなくなるとも言っていたが。


「……というか、今更ではあるんですけど…」


 ここまで、責めることこそしなかった…というか、それをできる立場では無かった白龍先生に、俺は流石に一言物申したい。


「…真夜中にウイスキーを口移ししてくる人に、何言われても心に響きません」

「「……」」


 夏芽姉さんと美月が、ジロリと白龍先生の顔を見た。

 俺達の様子を見てずっと苦笑いをしていた先生だが、ここに来て苦笑いすら上手く作れなくなった。


「…黒崎先生そんな事してたんですか」

「わ、私もお酒入ってたから……ね…?ちょっと…」

「美月に白龍先生を責める権利は無いぞ。やってることは先生より酷かったろお前」

「………」


 はぁ~と大きくため息を吐いて、正座を崩した。

 …クロエには渚が居るから大丈夫だろうけど…。


「姉さん」

「…な、なによ?」

「姉さんはさ、母親の違う姉と弟って立場とか全部抜きにして…。俺とどうなりたいの?」


 隣に座る、自分と瓜二つの姉に目を向ける。


「…別に、どうなりたいとか、そういうつもりは無いわよ…。ただ、あんたと会って色々救われたりしたし…。…というか、あんたが暗い顔してるからこっちがドキドキするのであって、あんたが普通にしてればこっちもそこまで気にしないわよ!」

「弟の暗い顔でドキドキするって、姉さんがヤバいだけじゃ…?」


 と思ったのだが、美月も白龍先生も「その通りだ」と言わんばかりに納得顔をしている。

 そう言えば、理緒先輩も無表情がセクシーだとかなんとか変なことを言っていた。

 …言っても、女の子と間違われる様な顔だけど…?

 何か価値観が違うのかな…。


「まあ、取り敢えず姉弟のままが良いのか…。なら、白龍先生は?」

「え?私?一応養母なんだけど…」


 …本当に一応ですよね…それ。

 白龍先生が養っているのはクロエだけであり、俺と夏芽姉さんは住む場所を提供してもらっているだけで、ほぼ自立している。

 その住む場所も、名前だけ借りられれば賃貸に入って住めるだけの貯金や生活能力は持っている。


「でも、二十歳も年下の甥っ子に呼び捨てにされたいって願望持ってるじゃないですか」


 夏芽姉さんと美月は、またも白龍先生に目を向けた。今度は驚愕とでも言うべき表情で。


「正直に答えてくださいよ」


 うつむく白龍先生を追い詰める様にそう言うと、一度顔を上げはしたものの、すぐに目を背けながら呟いた。


「…真の事は愛してるよ、でも、具体的にこうなりたい、って気持ちがある訳じゃない。ただ、一生かけて君の幸せを見守るつもりではある…」

「俺の事より、自分の幸せ考えたらどうですかね…」

「君が生きてるだけで幸せなんだよ、私は」


 慈愛に満ちた表情で、白龍先生は答えた。

 拗らせ過ぎたアラフォーに、母を失った自分という存在は劇毒だったのかも知れない。

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