第135話 姉と弟のインモラル
……なんか、根詰め過ぎとか…人の事言えないかもな…。
暗闇の中で、窓から入る月明かりと、湯船に浮かぶ薄っすらと自分の顔を見ながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。
明日から11月だな、なんて思いながら自分の部屋で机に向かってたらいつの間にか日を跨いで11月になっていた。
流石に時間を忘れ過ぎていたので、慌てて風呂に入里に来たところだった。
頭洗ったり体洗ったりして、湯船に使ってから気付いた。
風呂場の電気が点いてない。
十分以上もここに居て、今の今ままで気付かなかった。
…疲れてんのかな。
パチ
と、そんな事を考えていたら突然明かりが点いた。
願いが届いた訳でもないだろう。
次に起こる事なんて、予想するまでもない。
開かれた入口のトビラに目を向けると…。
今では俺と全く変わらない身長の夏芽姉さんが立っていた。
透き通る様な白肌の、一糸纏わぬ産まれたままの姿を惜しげもなく露わにしている。
スレンダーだと思っていたけれど、体の起伏は案外大きく、それでも俺と変わらない体格をしている。
普段サイドテールに纏めてある長い茶髪は全て解かれ、柔らかく白肌の上を流れていた。
「…やっぱり居た」
夏芽姉さんは小さな声で呟いた。
彼女の言い草からして、どうも偶然じゃないらしい。
「……何処見てんのよ」
「…胸…。姉さんって実は着痩せするんだな…って言おうとしたけど、そう言えば姉さんって滅多に体のラインが出る服着ないからあんま分かんないんだった…」
「その生気のない目で饒舌に話されると不気味ね」
呆れた様に言いながら、夏芽姉さんはシャワーを浴び始めた。
「…姉さん風呂入ってなかったの?」
「入ったわよ」
「……じゃ、なにしてんの?」
「見て分かるでしょ」
「シャワー浴びてる」
軽く体を流すと、すぐに湯船に入ってきた。
俺の上に、覆い被さるようにして。
「……マジでなにしてんの…?」
「見て分かるでしょ」
「…なら……何がしたいの?」
「…何だと思う?」
何だろう、美月辺りならここからやる事なんて決まってるから、若干強引にでも突き放すか逃げるかするけど。
夏芽姉さんがこんな行動に出るとは、欠片も思っていなかったから、流石に想像が付かない。
夏芽姉さんは膝の上に座って、全身を寄せて体を預けてくる。
流石に二人が入るには狭い浴槽の中、ここまで密着されると、例え嫌でも下半身が反応する。
「…結月に相談されたのよ」
「……何を?」
「あんたが最近元気が無いって」
「そんな事ないけど。ちょっと疲れ溜まってるとは思うけ…痛っ…」
急にデコピンをされた。
「ちょっとな訳ないでしょ、どこの誰があんな暗い中でお風呂入ってるのよ」
「いや、電気点け忘れただけで…」
「普通気付くわよ馬鹿」
正論過ぎて何も言い返せない。
どう考えてもおかしい、その通りだと俺も思う。
「でも、今の姉さんの行動理由とは繋がらないでしょ」
「これはただの欲求不満だから気にしないで」
……欲求不満…?
「ごめん、流石に聞き捨てならない」
「良いでしょ別に、ちょっと前までクロエだってあんたのベッドに潜って…」
「ストップ姉さん、妹の事情を堂々と晒さない」
「…美月も全く同じ事を前にしてたわね」
…確かにやりそうだなぁ…。
「なんで姉さんはそんな事知ってんの?」
「隣の部屋なんだから、人が行き来してたら分かるわよ。クロエは確認の為にノックしてから入るし、美月は何も言わずに入るの」
なんでそんな事まで把握してるんですかね。
「…で、姉さんは何する気?」
「ここまで話したら分かるわよね」
……ちょっと流石に理解したくない。
ついでに逃げ場がない。
「白龍先生は良くて私はダメなんだ?」
「本来なら白龍先生もダメだけど?」
もし大丈夫だったとしても、夏芽姉さんと…となると、白龍以上に良くない。
「でもお酒飲んで色々シたんでしょ?」
「だからなんで知ってんの?」
先月の上旬頃の話だよ?
「白龍先生って、独り言多いわよね」
そうなんだ、知らなかった。
ていうか今更ながら、白龍先生も色々溜まってそうな雰囲気はあったな。
「……だとしても不味いだろ」
「真あんた、ちょっと冷静に考えてみてよ」
「…なに…?」
「今この家には、ここ最近常に儚げに色気を振りまいてる美少年のせいで欲求不満な女が四人居るわけ」
「……えぇ…?」
「内二人は異母姉妹、一人はいとこ、一人は叔母。どことヤッても背徳的なのは同じよね?」
「…いとこはギリギリセーフだろ…」
というか、不本意とは言え一回やってしまってるからアウトにしないでくれ。
「そんな中で、あんた一人だけ性欲とか関係なく普通に生活してると」
「無視かよ…」
「不公平じゃない?」
「知らねえよ…」
というか、その欲求不満って本当に俺が悪いのか?
儚げにしてるつもりなんて全くないし、ほぼ同じ顔してる夏芽姉さんに「美少年」とか言われても違和感しかない。
……てか、流石に…。いい加減に、この状況は…。
「ちょっ馬鹿、暴れないでよ…!」
「いや、流石に逃げ…ぁんっ…♡」
かぷ、と耳を甘噛されて体から力が抜けた。
「あはっ…可愛い、やっぱり真も妹みたい…。体もおっきい訳じゃないし、細いし肌スベスベなのに、なんであんなアメコミ見たいなパルクールできんのかな。ま、コッチは全然男の子だけど…」
…もうやだ、この体嫌い。さり気なく触るんじゃない、手付きがやらしいんだよ。
つーなアメコミ見たいなパルクールとか、やった記憶ねえよ。
「どーせ真の事だから女の子に無理矢理されるなんて初めてじゃないでしょ?」
「…そう思うなら無理矢理にはしないでくれよ」
「じゃあちゃんと同意の上でしましょうか?」
「同意しないよ?俺は女にも性欲にも背徳感にも飢えてないからね?」
「…じゃ、別に良いわよ、セックスまではしなくても。私の性欲処理だけ手伝ってくれれば」
「インモラルが過ぎるだろ……」
「真は見てるだけで言いから」
「俺の居ないところでやってくれよ…!姉さんなんかおかしいって…!」
軽いイタズラならまだしも、夏休み頃から一緒に暮らす居てここまでの行動に出たことは無かった筈だ。
たとえクロエや美月が、俺の部屋でこっそり自慰していようと、見て見ぬふりをしていたんだろうし、かといって自分までそんな行動をしてきた訳でもないだろう。
「…おかしいのはどっちよ?」
「はぁ…?」
どっちも何も、風呂に乱入してきた挙げ句良く分からない理由をつけて弟に手を出そうとしてるこの人の方がよほどおかしいだろう。
「…なんで、全くこっち見ないのよ」
言われた言葉の意味が分からず、不意に顔を上げた。
左目にはブラウンの瞳、右目にはアンバーの瞳。意識せずとも分かるほどにはっきりと反射する色の違う虹彩を持っているが、自分と何処までも似ている顔。
どうしてか、瞳には涙を浮かべている。
そもそも、人と目を合わせたのが、随分と久しぶりな気がした。
………やば、ゾクゾクする…。
母親が違うとは言え、相手は姉だ。半分は血の繋がりがあるれっきとした、姉弟。
加えて、自分と本当にうり二つのそっくりな顔をしている。なんなら、実の父親ともよく似てる。
違いと言えば、父さんは泣きぼくろが、姉さんはオッドアイが特徴的と言えよう。
…それなのに、姉さんの涙目の表情を見た時、妙な昂りを覚えた。
インモラルなんて言葉では言い表せない様な、何となく、絶対に触れちゃ行けない様な気がする昂揚感だった。
「…姉さんって、いっつもこんな感覚だったの?」
「……そう」
少し、強引になる気持ちも分かったけど…。
こればかりは、本当に超えてはいけない一線な気がしている。
「……なんで泣いてんの」
「あんたが受け入れようとしないから」
「…受け入れろってのが無理な話だろ…」
「……ただ、発散するだけでしょ」
………あー……もうっ、何なんだよ…。
覚えのある表情だった。
旅館でこっそりと、俺と渚の部屋に入り込んできた美月が、こんな顔をしていた。
「……絶対声出すなよ」
ぐちゃぐちゃした感情を抑えるのが面倒になって、気付いたらそんな事を言いながら、俺の手は姉さんの下腹部に触れていた。
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