第132話 難しく考える

「…今日はこっち来たんだ」

「流石に、教室の方は一杯一杯だからな」

「ルカのお姉さんって噂が広まった以上は、仕方ないんじゃない。それに、噂じゃなくて事実だし」


 昼休み、久しぶりに来た理科実験室には真冬だけが居た。

 相変わらず一番端っこの席に座る彼女は、窓から射す光を感じながら、弁当と台本の間で視線を行き来させていた。


「…なにその台本?」

「ルカが出るドラマの台本。ほんっとうに端役だけど、スケジュールの都合で入れられた」

「あぁ、雨宮時雨と栗山陸奥のダブル主演のやつか」

「そ。それの台本」


 対面の席に座ると、真冬は当たり前のようにその台本を手渡して見せてくれた。普通はこんなこと、絶対にしてはいけないのだが…。

 一応俺は関係者と言えなくもないからグレーゾーンだ。


「学校に持って来て大丈夫なのかよ?」

「大丈夫じゃないけど…。演技とか初めてだから、常に頭に入れとかないと不安なの」

「端役なんだろ?根詰め過ぎると、寧ろ悪い方向に行くぞ」

「詰めてる訳じゃない、ただの精神安定剤」

「余計に悪くないかそれ…。撮影日は?」

「直近だと明後日の放課後」

「…そっか…。…端役端役って言う割には、台詞多いな」


 パラパラと軽く眺めてから真冬にそれを返す。


「…あんたって、そういう所ホント…」

「は?なに?」

「…別に、普段こんな事してたら、絶対イタズラとかして来るくせに、こっちが真剣な時に限って、茶化さないなって思っただけ」

「そもそも俺、人に嫌がられる様な行動はしないからな?」

「そんなの知ってる。それを完璧に見抜くのがキモいの」


 キモいの?

 褒められるのかと思ってたからびっくりした。


「まあ、そういう所、嫌いじゃないけど」

「俺は君の素直じゃないところ、好きだけどな」

「うっさい。てかそれ、やっぱりすぐ茶化すじゃん!」

「でも、言われて嫌じゃないんだろ?」


 睨む真冬に、俺は微笑んで返した。

 呆れたようにため息と共に、こんな話は止めだと言わんばかりに首を横に振った。


「…話変わるけど、美月のアレは何?真君なら流石に知ってるでしょ?」


 話題の逸らし方があからさま過ぎて思わず苦笑した、ここまでくると口を挟む気も起きない。


「傍から聞いただけだから、その事情に納得も理解も出来てないけどな」

「はあ…?」

「なんつーかな…。端的に言うと、それが色々なことに関して都合が良かったんだとさ。美月と、ここの理事長と、湊さんの利害の一致だよ」

「…なんか、よく分かんないわね」

「俺もあんま分かってないからな」

「ふーん。いいの?幼馴染みに男共が纏わり付いて来るわよ?」


 真冬はそんなことを言いながら、俺の弁当からひょいっと半分に切った煮卵の片割れを奪った。


「どうでも良いな…」

「…あ、これ美味しい」

「だろ?」


 この味玉傑作だと思う。


「ん…。真君って、美月に彼氏出来たりしたら嫉妬しないの?」

「ん?そりゃあするだろ。俺は仲の良い女の子が別の男を理由に離れてったら、普通に寂しがるよ」

「なら、私に彼氏ができても?」

「それは悲しみながら祝福する」

「なにそれ?」

「いや、そこはファンとしての一線でしょ」


 真冬は眉をひそめるだけだった。「表情と言葉が合ってないし…」とつぶやきを加えながら。

 全然信じてくれないけど、こっちは真面目に君のファンやってんだよね。


「てかあんたさ」

「うん?」

「5月くらいには彼女欲しいとか言ってたくせに、今は告白されても全部断ってるわよね」


 言われてみれば、そんな話もしたようなしてないような…。


「…この半年で色々あったからな…。流石に同じ事は口走れない」


 食べ終えた弁当を片付けながらそう言うと、真冬もお箸を置いてから呟いた。


「…こう、横から見てる分には…というか、第三者としての意見でしかないんだけどさ」

「ん…?」

「真君って、恋愛について難しく考えすぎじゃない?」


 …どうなんだろうな?

 そんなに難しく考えているつもりは無い。


 本当に一時的とは言え、理緒先輩とは限りなくそれに近い関係であったし…。

 夜空とだって、大翔が間に割り込んで来なければ、俺はなし崩し的にでもなんでも、彼女の好意を受け入れるつもりだった。

 美月の告白だってタイミングが悪かっただけで、ほんの数日早ければ、もしくはほんの数日遅ければ、きっと受け入れていただろう。


 けど、それ以降は確かに、どれもこれも受け入れようとは思えなかった。


 好きだと言ってくれる相手よりも、自分が好きだと言える相手を探したかった。


 けれど、今はそんなのどうだって良い。


 湊さんは美月を焚き付けていたけれど、生憎と俺は今それどころじゃない。やらなきゃ行けない事が沢山ある。

 美月の気持ちに応えるにしても、文化祭が終わってからじゃないと話にならない。

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