第129話 全ての元凶

 〜side〜鷹崎美月


「あーあ…部屋に戻っちゃった」


 せっかくちょっと仲直り出来てたのに、と呟きながらも穏やかに笑う凛月は、真が途中までやっていたお昼ご飯の用意の続きに手を付けた。


「美月がイタズラするからですよ?」

「真が出られないって言うから、出して上げただけ」


 とぼけながらそう言って、ソファに座った。

 微かに、真の匂いがする。


「…聞いたことねぇ声出してたぞ…。何したんだ美月…」

「真って、耳触られるとあんな感じで声出ちゃうらしいですよ。あれ可愛いから、抵抗出来ない時にイタズラしたくなるのちょっとわかるな…」

「え…やっぱり夏芽って真のこと…」

「ち、違いますよ先生!って、先生は人の事言えないじゃないですか!二人っきりで抱き合って…!」


 夏芽さんの気持ちはよく分かる。

 顔を赤くして、力抜けてしばらく抵抗できないくせに、涙目で睨みつけて来る真はすごく可愛い。


「…で、白龍お前、結局何やってたんだ?」

「なにって…?」

「お前どう見ても寝起きだろ、その格好。普段機械みてえに規則的な生活してるお前らしくもない」

「湊って私の事何だと思ってんの…?」

「さあな。昔から、お前のことは良く分かんねえよ」


 傍から聞いている分には、この二人の関係も寧ろよく分からない。いとこなのは知っているけど、それ以上の事は何とも言えない。

 普段は気にならないのに、間に真が入るとその途端に意見が割れる。


 …理由は、あまり詳しくないけれど…。


「あ、ねえお父さん、前から気になってたんだけどさ」

「ん?」

「お父さんって、なんで真のこと嫌いなの?」


 突然、凛月はそう聞いた。

 まるで何も意識して無いかのように、純朴な疑問として口にした。

 流石に、お父さんも狼狽えながら答えた。


「いや、別に嫌いな訳じゃないぞ?なんで急にそんなこと…」

「えっ、でも…。お父さんって、私とか美月のこと、真から遠ざけたがるよね」


 ……え?


「…そりゃ、娘に対して悪影響になる奴のことは、遠ざけたがるだろ」


 黒崎先生も、お母さんも、夏芽さんも、理解が出来ないと言うような表情だった。

 だって、悪びれることも無く真剣な表情でお父さんがそう答えたから。

 それではまるで、真という存在が、私達に悪影響になるみたいな…。

 いや、みたいじゃなくて、そう言った。


「…真の、何が私達に悪影響なの?」

「ウチは“そういう家系”なんだよ」

「……?」


 お父さんのその言葉で、私は真と二ノ宮誠が話していた時の事を思い出した。真が犯罪者と密会しているという状況のせいで、あまり頭には入って来なかったけど…。


「別に真に限った話じゃなくて、二ノ宮からも、からも、遠ざけてるだろ。クロエと夏芽は騒動の“外に居た”から大丈夫だろうけど、真はその騒動のド真ん中に居るからダメなんだ」

「…騒動って…。おと…二ノ宮誠の話?」


 夏芽さんの言葉に、お父さんは首を横に振って否定した。


「違う。もっと、馬鹿みたいに面倒な話だ」


 …真と二ノ宮さんが話してたのとは…違う…?


「お前等、中村架純って女の子のこと、覚えてるか?ほら、海行った時に真が連れてきた…生徒会の先輩って言ってたか」

「はい、覚えてますよ」

「…今はクラスメイトですけど…。あの子が何か関係あるんですか?」

「あぁ、夏芽はそうだったな…。あれ、なんだ」

「「「「「…???」」」」」

「あー………。えっとな?ウチって、すげえ複雑な家系図してて、それがほぼ俺の祖父と父親と二ノ宮のせいなんだけど…。爺さんには鷹崎朱里っていう、俺の母親との隠し子がいて…」


 ……それは、真と二ノ宮さんの話で聞いた。

 お父さんは知らないと思う…と、二ノ宮さんは言っていたけれど、どうやら知っていた様だ。

 冷静になって話を聞くと、頭が痛くなる案件だ。


「その鷹崎朱里には、鷹崎由紀っていう二ノ宮誠との子供が居るんだ。その子は色々あって孤児で、今は天音姓を名乗ってる…」

「…え?それ…って…」


 お母さんが、震えた声を出した。でも、お父さんはそれを手で静止した。


「悪い、紗月。色々聞きたいだろうけど、後にしてくれ。んで、その鷹崎朱里って女には、由紀を産む前にも居たんだ。“双子”でな。そいつが今は「中村藍」と「中村真緒」つって、鷹崎朱里が14歳の時の子供だ。それで、中村藍の子供が、中村架純な。因みに中村ってのは、その双子を引き取った家だ。でな」


 ……流石に理解が追いつかない…。


「…で、その“中村家”ってのが、これまたちょっと面倒で…。凛さんが“間宮”って名乗る前の実家なんだ。中村藍は、自分を引き取ってくれた中村夫妻の息子で、凛さんの実の兄である人との間に子供ができた。それが中村架純な。でも、藍と真緒を引き取るってなった時にいざこざがあって凛さんは家を出る事になったんだ。…で、一時的に爺さんの手元に置かれてた。その時に使ってた名前が“間宮”なんだ、爺さんの妹の家の名前だったかな」


 …なん…?えぇ?


「凛さんが、ウチの爺さんに恩があるって言ってたのは、そのいざこざの事なんだよ。あと、今話した通り真と中村架純は、いとこ…ともちょっと違うか。まあ遠い様な近い様な、血の繋がりがあるんだ」


 以前に真と二ノ宮さんの話を聞いていた私ですら、イマイチ話の全容が掴めないのだから、他の皆はこんな話を聞かされた所で何も分からないだろう。


 当事者のお父さんも、話しながら呆れ果てている。


「…ここまで聞けば分かる通り、真にはこの面倒な家系と騒動の、ほぼ全員と関わりがある。血縁的にも、物理的にもな。血筋に問題が有り過ぎるのと、アイツのトラブル体質が相まって、今じゃ二ノ宮誠の騒動にまで巻き込まれやがった。でも俺は、可能な限り美月も凛月も…渚、夏芽、クロエも、巻き込みたくはない」

「湊…。だから、真に被せるの?」

「違う。アイツは関わるなって言っても勝手に巻き込まれるんだよ。しかも、解決能力もあるからな。なんでか分からないけど、ことごとく事情を聞き付ける」


 ……あぁ…。確かに…。

 私はここで聞いた話を真にも話すつもりだった。


 二ノ宮さん側が知る事情と、意見や見解。

 お父さん側が知る事情と、意見や見解。

 その両方を知ってるのは、私と真だけになる。


 全ての事情を知っていてかつ、解決能力があるのは真だけになるのか。


「…俺が二ノ宮誠を凛さんから遠ざけたのは、これ以上凛さんをこのふざけた家の状況に巻き込みたく無かったからだ。ハッキリ言って、これは俺の落ち度だけどな。二ノ宮の事も、真の事も気に入らないのは事実だけど、そもそも俺は


 正直、驚いた。

 自分の父親が、何をするにしても優れた人間なのは分かっていたけれど…。


「…まあ、今の所は状況証拠と証言からして、アイツ以外に候補が居ないから、さっさと二ノ宮をとっ捕まえて、全部吐かせるのが一番なんだけどな…」

「…え?湊さんは、お父さんが犯人じゃないって、思ってるんですか…?」


夏芽さんの疑問に、お父さんは疲れたように返した。


「当然だろ。どこの父親が、母親だけ殺して自分の子供匿ったり、養ったりするんだよ。それ以前に…凛さんが人を見る目を間違うなんて思ってないし、なによりアイツは“俺の兄貴”で“真の父親”だ」


 状況証拠や証言、動機といった、客観的な意見ではなく…。


 身内だから、という主観的な意見。


 ……なんだ…。

 真も、二ノ宮さんも、お父さんも…似てるんだ。

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