第125話 鋭い視線

 真冬に最近事務所来てないだろと言われたので、週末になってからグランヘルツの事務所に来ていた。


 割り振られた仕事自体はちゃんとこなしていたんだけどな…。

 とりあえず、俺が今日様子を観に来たのは、現在進行系でデビュー準備をしている汐織とクロエの二人。


 あまり心配はしてないけど…。


 大量の差し入れを仮眠室に置いて、部屋から出る。


「あっ、真君だ。久しぶり…でもないか。ちょっとぶり」

「美春か、どうも」


 すると不意に、声をかけられた。

 振り向くと、shineシャインのメンバーのリーダーであるリノこと、有野ありの美春みはるさん。霧崎にとっては転校前の同級生でもあり、つまり俺と同学年でもある。


 アイドルスタイルの時とは違って、ボーイッシュなショートボブと丸眼鏡が可愛らしい。


「なんでこっちに…って聞こうとしたんだけど、そっか、グループごと移籍だもんな…」

「うん、監督不行き届きがどうとかってね。ちっちゃい事務所に、一人一人しっかり見とけってのも、難題なんだけどね」

「難しくとも、やらなきゃ行けないのは事実だから、何とも言えないけどな」

「まあね…。あたしも活動再開の準備中だけど、今日はやること終わってちょっと暇しちゃっててさ。君と一緒に行って良い?」

「構わないよ」


 俺より少しだけ背の低い美春が、肩が触れ合う程の距離に立って歩き始めた。


「…近くない?」

「真君は気にするタイプじゃないと思って」

「そんなには気にしないけどさ」

「でしょでしょ」

「尻尾振ってくる犬みたいだな」

「なになに、あたしにリード着けたいの?」

「んー…興味はあるけど、君のファンに殺されそうだ」


 軽口を叩き合いながら、ダンスレッスンをしているクラリスのメンバーが居る部屋に入った。

 開いているドアを軽くノックすると、ダンスの先生をしている女性が、小さく俺に手を振って、すぐに声掛けに戻った。


「…あっちの二人だっけ、新人の子」

「そ。因みに君から見てどう?」

「金髪の子はめっちゃセンスあるんじゃないかな?茶髪の子は……」

「運動能力はともかく、体力不足がね」

「そだね。こればっかりは焦らずに、だよ。…こっちの三人は相変わらずかな?」


 おおよそ相変わらずとは言い難いけどな。

 水分補給をしている三人は俺…というより、美春の事を鋭く睨みつけていた。


「……あたしすっごい睨まれてるんだけど…。アッチ見れないんだけど…」

「んー…?なんでだろうな、なんかしたの?」

「してないしてない……して…ないよね…?」


 と言いつつ、三人の視線から隠れるように俺の側に寄ってきた。

 原因それだよって言った方が良いかな。

 凛月と南はともかく、真冬にまで睨まれる理由は、俺には分からないけど…。


 こっちの三人と違って恋愛禁止とか古臭い事やってるグループだから、俺の性格上、邪推されることは無い。それはそうと、気に入らないんだろうけど。


「凛月にまで睨まれるって相当だぞ?」

「ほんっとに、心当たり無いんだけど…!」

「あ…てかさ、って…」

「ひぃっ…!?ちょっ、なんかりっちゃんからめっちゃ圧が…!」


 …へえ、りっちゃんなんて呼び方してんだ。割と仲いいのかな。

 てか、凛月ってそんなの気にするっけ?

 名前呼びしてる人なんていくらでも居るだろ…。

有野アリノ」呼びだと“リノ”の部分に引っかかるからわざわざ名前で呼ぶようにしてんのに、それも気になんのかよ。

 今までどんだけ気にしないようにしてたんだろ…。


 それは良いとして、流石に美春が可哀想になってきたので、俺は彼女の背を押して退室した。


「…怖かっ……たぁ…。怒らせちゃダメな人怒らせた気分…」

「ははっ、流石の俺でも凛月が怒ってんのは一回しか見た事ないよ」

「幼馴染みってだけあって、一回はあるんだ」


 セクハラしても怒らないけど、美月と関係持つと静かに怒るよ。


「…ねえ、もしかしてだけどさ…?」

「ん?」

「……りっちゃんって、真君のこと…」

「…ん、その辺は想像に任せるよ」


 俺もせめて、俺を好きだと言ってくれる誰かを、心から好きになれたら良いな。


 …まあ、そうなると、そもそもどうしたら俺は人を好きになれるのか…って話になるんだけど…。

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