第124話 友達

 …あぁ…やっと帰れる…。


 あんなのは二度とやらん。客に倒れられるのは大いに困るからな。


「ちょっと真君、待って」

 

 不意に昇降口で呼び止めて来たのは、真冬だった。


「…おっ、どした?」

「どした?じゃない、アンタ最近実験室にも事務所にも来ないから全然話せてないでしょ」

「えっ、いや…別に話すことも無いだろ…」

「別にないけど…」


 と呟きながら、校門を抜ける俺の側に付いて来た。


「あんたさ、何考えてるわけ?」

「何…って、急になんだよ?」

「凛月と美月、どっちも拒否ったんでしょ?幼馴染みのくせに」

「拒否はしてない。凛月は俺が何か言う前に逃げてったし、美月には苛ついて告白遮っただけ」


 …いや、最低だな…。

 俺と同じ感想を抱いたらしく、真冬はただでさえ鋭い目付きをジロリと細めた。


「アンタも大翔のこと言えない」

「大翔のこと何も言ってないだろ…。そもそも何処で知ったんだよ?」

「…どっちからも話聞いた」


 そう言えば、何気に真冬は美月とも仲が良かったな。

 ゴールデンウィークの頃に意気投合してから、交友はまだ続いていたらしい。


「…そっちこそ、大翔との関係はどうなんだよ?」

「あいつがアタシの気持ちに気付くわけないでしょ、とっくの昔に諦めてるわよ…。アタシが夜空に勝てるとこなんて無いし」

「それは違うな。真冬の方が、夜空より良い女だと思うよ」

「そう言ってくれんのも、真君だけ。あんた夜空のこと嫌いだもんね」

「別に嫌いじゃないよ、相性が悪いとも思ってない」


 夜空の心情に寄り添った上で、寧ろ身を引いたのだと言える。


「てか、真冬、今日暇なの?」

「今日どころか、しばらく暇」

「霧崎とか、凛月はすげえ忙しそうにしてるけど…?」

「そこはほら、二人と比べたら、アタシは人気無いから、あんまり仕事回ってこないのよ」


 口にしたセリフとは裏腹に、どこか嬉しそうに真冬は言った。

 彼女は自分が活躍するよりも、凛月や南が周囲から高く評価されてるのが誇らしい様だ。

 本当に性格の良い奴だよ…。


「世の中の奴らは見る目ないな…」

「幼馴染み放ったらかしてアタシに構ってるあんたの方が、よっぽど見る目ないわよ」

「放ったらかしてない。ほとぼりが冷めるまで待ってるだけ」

「どっちも一緒じゃない」


 くすっと微笑み、一歩分くらい離れていた体を寄せて来た。


「こういう事しても動揺しないくらいには女慣れしてるくせに、あんた妙に恋愛下手よね。好きな人とか……居たらもうくっついてるか」

「なんだよ、真冬まで俺に惚れてるとか言わないよな…?」

「ばーか、言わないわよ。女誑しはこりごり」

「ははっ、だろうなぁ。俺はなんだろ、凛月と美月のせいで、女の子に対しての価値観が壊れてるんだよ多分」


 恋愛に興味はあっても、それに見合った感情を抱ける相手に出会ったことは無いし、だからと言って「付き合ってから、好きになるまで関わってみる」なんて行動をしようものなら、他の俺に好意を抱く女の子達に邪魔されるだけだろう。用意に想像できる。特に美月とか霧崎とか…。


 素直に応援してくれそうなのが凛月と橘くらいしか居ないのに、その凛月すら今じゃよく分からない。


「…あー…。どっかに盲目的になるくらい好きになれる女の子居ないかな…。大翔にとっての夜空みたいな」

「なにそれ、大翔に対しての皮肉?」

「んー…本心と半々」

「いっそ、あんたのこと好きって言ってる子全員と付き合ってみれば?」

「嫌だよ、面倒なのが三人いる」

「面倒なの…?紫苑と夜空と、あと誰よ?」

「美月に決まってんだろ…」

「むしろ一番良い子でしょ」

「いや一番…ではないけど、面倒な方だよ。独占欲強めなんてレベルじゃないぞ」


 少なくとも自分の弟がいる横で、拘束しながら平然と行為を迫ってくる程度にはヤバイ奴だ。

 一番マシなのは寧ろ凛月か玲香先輩くらいで…。


 ……ってか、そうか…。玲香先輩もか…。

 理緒先輩と結月もその括りに入ってると言えば入ってる。

 …あれ?なら凛月よりも理緒先輩の方がマシでは…?


 雨宮と南は最近夏休み以来会ってないから何とも言えないが…。


「…改めて考えて、ちょっと思ったんだけどさ」

「なによ?」

「……この一年くらいで十人近くに好意向けられてたら、一人に偏らせるとか普通に無理じゃない?」

「何あんた、光源氏?」

「久々に聞いたよその名詞…。てか、俺にあんな甲斐性はないよ」

「共通点はモテるハイスペックってことくらいね」

「それなら寧ろ大翔だろ」

「大翔は悪い意味で一途だから、光源氏とは違うわよ。あんたの方がまだそれっぽい」


 悪い意味の一途って言われてちょっと納得してしまった…。でも光源氏はプレイボーイだもんな。

 あれ、じゃあ白龍先生とそういう関係がある以上は、俺は人のこと言えないな…。


「…ってことは、俺も光源氏らしく、十歳くらいの女の子捕まえて自分好みに育てれば良いのか?」

「そのまま警察に捕まりなさい」

「そういや、蜜里さんが歳の離れた妹が居るとか…」

「やめなさい馬鹿!」

「いや、冗談だよ。流石に知り合いの妹に手出したりしないって」


 流石にね。

 と、もう一度付け足すと、真冬はさは上目遣いで睨んできた。


「…知り合いじゃなければ良いってこと?」

「んー…やるんなら、天音さんとこの児童養護施設から探すよ。適当に言い訳すれば、天音さんなら多分、目を掛けるのは了承してくれるし」

「色々掻い潜ってそれを実行出来るって事実があるのが怖いわね…」


 やろうと思えば出来ない事は無い。

 今のところそんな事をする予定なんてものは無いが。それやったら色んなところから、白い目で見られるよ。


「…ま、それは置いといて、ちょっと話戻すけど…。俺は、真冬が他の誰かより劣ってるって事はまず無いと思ってるよ。君くらいに性格がいい女の子なんて、俺一人しか知らないし」

「今の言い方で、一人は知ってるのね」


 少し誤魔化す様に真冬は口を挟んだ。

 もちろん、俺の知ってる中で一番性格が良いのは橘六華だから、そこだけは譲れない。

 まあ、だからこそ、俺が関わると碌な目に合わないだろうから、あまり会って話したりはしないようにしている。


「俺が言っても説得力はないんだけど、真冬はもう少しワガママになった方がいいかもな」

「ふーん…。じゃ、ちょっと行きたいところあるから、着いて来なさいよ」

「ん、なんだよデートのお誘い?やっぱ気があるの?」

「そんなわけないでしょ、サイフ代わりよ」

「奢れってかよ。ったく、しゃーないな」


 小さく笑って、少し前を歩く真冬に追い付いた。

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