第123話 お帰りなさいませ

「…はい、間宮君。これ着てみて下さい」


 夏服では肌寒さを覚えて、本格的な秋の訪れを感じる10月に入った。

 生憎と雨の空模様なんて気にもせず、我が赤柴高校の一年二組の教室は静かに熱狂していた。


 学級委員長である蜜里さんから手渡されたのは紙袋。中身は、一見すると青と白を基調とした服だろうか。というか……これ、うちの高校のジャージ…とは違うのか…?いや、うちのジャージだよなこれ。


「…えっ、てか…俺ホールスタッフキャストなの?」

「えと、とりあえず今日用意したサイズが合いそうなのが間宮君でしたので」

「あ…そう…。俺と同じサイズなら夜空もだと思うけど…」

「主に胸周りが違いますよね」

「……いやまあ、そうなんだけどさ…。なにこの熱視線は?」

「皆の期待です」


 つまり皆は中身を知っているのに、俺だけ知らないってこと?

 計画的犯行って事でオーケー?白龍先生まで見てる所でこれ着るの?


「……え、マジで俺じゃなきゃダメなの?」

「はい」


 ニッコリと良い笑顔を返されてしまっては、最早何も言い返せない。


「………はぁ…嫌な予感しかしない…」


 とりあえず着替えるのに、廊下の向かい側にある空き教室へ移動した。

 大前提として、動物系のコスプレなのは分かってるけど……。


 あ…へえ…うちのジャージを改造したのか、中々考えたじゃん。

 なるほどね、とりあえずこの青い猫耳カチューシャは着けたくない。ちょっと趣味悪くない?


「…え、なにこれ?」


 ……はあ?

 ……ふざけんなよクソが…。


 クラスメイトの、それも男にこれを着せるのは絶対に悪意しか無いだろ。

 誰かに恨まれる様なことしたかな。


「着替え終わりました?」

「……一応」

「じゃあ、入って着て下さい」


 俺が着せられたのは、アニマルコスプレというより…。


「「「おぉ……!!」」」


 ……いわゆるジャージメイドという奴に、取ってつけたような猫耳のヘッドドレスを着けた服装だった。

 改造されたジャージはトップスの裾が胸の下ギリギリの丈に切られて、お腹周りが露出するようになっている。

 膝下のレッグウォーマーと、ミニ丈のフリルスカートにより、絶対領域も完璧。


 …ハッキリ言って、男にさせる格好では無いし、無駄にクオリティが高いせいで、最早本職のコスプレイヤーに見えなくもない。


「…ここに地雷系のメイクしたら最高ですね」

「本当に止めて?」

「ちょーかわいい…!」

「…美人過ぎないかしら?」

「お姉様って言ったほうが良さそう…」

「……露出やば…ってか足綺麗…」

「スタイル良っ…!?」


 女性陣からは素直に褒められてるような気がする。

 問題は男共だ。


「なあ真…友達にかける言葉じゃないとは思うんだけど、今はめっちゃ好みだわ」

「達也お前、蹴り飛ばすぞ…」

「その口調も良いぞ」

「海斗お前まで気色悪い事言ってんじゃねえよ!?」

「腰付きエロ…やばい、もう男として見れないかも…」

「祐樹お前…は元からキモいか…」


 どうしよう、いつもの三人がめっちゃキモい。

 流石に、本当に気持ち悪い、助けて誰か。

 目付きが同級生の男を見てるそれじゃない。


「俺さ…かわいい上に付いてるのがお得って思考が良く分からなかったけど、今凄えわかったわ」

「それな」

「あのなぁ…お前等もこの格好するんだぞ?」

「いや、俺たちは女装しねえよ。そんなのお前一人で十分だ」

「ふざけんな……」


 男どもを相手に一方的な口論をしている最中も、女性陣からの視線は向けられる。


「…彼だけは撮影会するの駄目じゃない?」


 桜井が呟くと、花笠さんが頷いた。


「うん、絶対イケナイ事に使われるよあの足…」


 そんな事言うんだ君…。


「凄いよね…リアルに男の娘の生足に魅力感じるとは思わなかった」

「腰のライン綺麗過ぎ…揉みたい…」

「太ともやばぁ……細身なのにムチムチじゃん…スパッツちょっと見えるの流石に…エッじゃない?」

「ヘソ出しなの最高だし。完璧に…女子力限界突破してるじゃん」


 女性陣の言ってる事も若干不味い。


「……ちょっと…あれアタシ達も着るの…?」

「んー…せめてもう少し露出減らしてくれれば」

「あれは、真だから似合うって感じする…」


 しかも教室の端で、夜空と真冬、あと霧崎もコソコソしている。あいつら逃げたな。


「似合い過ぎ…マンツーマンで接客してほしい…」

「押し倒されても良い…ってか真君には抱かれたい」


 おい聞こえてるからな?

 さっきから腹とか足とかジロジロ見やがって…魅せるための服だから仕方無いけど、言ってる事オッサンみたいだぞ?


 一応用意されていた姿見で、自分の姿を確認していく。

 今日はいつもの、ただ髪を下ろしている状態ではなく、いつだったか夜空と映画鑑賞に行った際に偽名を使ったあの時と同じ髪型。

 ショートヘアのサイドを耳に掛けてヘアピンで留め、反対は前髪で片目が隠れている。今日はピアス無いけど…。


「……くそっ、結構似合ってんのが腹立つ…。てか、先生、この露出って良いんですか?」

「えっ、まあ…。女の子が着るのは不味いかもね。真は男の子だから大丈夫じゃないかな、多分理事長からはオーケー出ると思う」


 男女平等は適応されませんか?


「まあまあ、それよりさ…。君は今ジャージとは言えメイドなんだから、やることあるでしょ?」


 白龍先生は、からかう様に笑いながらそう言った。

 …なんでこの人まで敵なの?あんたは守ってくれよ。

 ……はぁ〜……。


 できるだけ嬉しそうに、それでいて少し恥じらう様に穏やかな笑顔を作り、スカートの端をつまんでお嬢様風の挨拶の仕草を取りつつ、全力で甘えるような猫撫で声を意識して──




「お帰りニャさいませ、ご主人様♡」




 四人倒れた。

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