第122話 相談
その日の夜、俺は大きな欅の生えた公園のベンチに座っていた。
人を待っているのだ。
「……おう、随分とやさぐれた顔してんな」
街灯に照らされながら、俺に向かってそう言ったのは、俺の父親…誠だった。
「いかにも悩んでますって顔だ」
「……思春期の高校生なんて、悩みくらい常に抱えてるだろ。それより、そっちの進捗は?」
「引くほど順調…だな。もはや定期報告なんて要らねえくらいだ」
「…それはそれで、怖いだろ」
「まあな。順調過ぎるのはちと、おっかねえ」
隣に腰掛けてきた父さんは、俺に缶ジュースを手渡してきた。
「…お前の方こそ、中村からの接触は?」
「今のところは無い…。というか、ちょっと忙しくて外出してる暇もあんまないし」
「おいおい高校生、ちゃんと青春してんのか?」
青春するってなんだよ。
こっちはそれどころじゃ無いだろうが。
…と言ってやりたい所だけど、今回ばかりはそうも行かないか…。
「…父さんって、前に母さん一筋だとか言ってたけどさ」
「ああ、言ったな。まだ疑ってんのか」
「別に疑ってねえよ…。そうじゃなくて、なんでそんな事断言できんのかって話。アンタ、いっつも変な女に絡まれてたんだろ?」
「…それだと凛さんまで変な女みたいに誤解されそうだな」
「誰に誤解されそうなのか分かんないし、そもそも誤解でもなく事実でしょ…。そんなのはどうだって良いんだよ」
「なんだお前、好きな奴が二人居るのか?」
「いねえよ、その逆。あと二人より多い」
缶ジュースが炭酸だったので、少し口をつけては眉をひそめた。
「…息子に恋の悩みを相談されるとか、なんだよ父親っぽいなおい…」
「ぽいじゃねえよ…。アンタ血縁上はちゃんと父親だろうが…」
「つーか、お前なんだよ、モテるのかよ」
「アンタの息子だからな!」
女性関係で苦労するのは多分この人の遺伝のせいだ。そんなところまで遺伝しなくて良いんだよ。
「…まあいいや、とりあえず話してみろ。ちゃんと聞いてやるから」
「……簡単に言うと、仲の良い女の子がことごとく告白してくるんだけど…」
「おっ、なんだ自慢か?」
「ちゃんと聞いてくれるんじゃ無かったのかよ?」
なんでこの話の流れで父親にモテる自慢しなきゃいけないんだ、どんな精神状態してたらそうなるんだよ。
「てか、父さんだって似たような状態だったんだろ?それなのに、なんで一人だけを好きになれたんだって聞きたいんだよ」
「…んなもん、俺の理想の女性だったからに決まってんだろ」
「…理想…?」
「お前にだって、理想の女性像くらいあんだろ?ほら、例えば性格とか。俺はマイペースで、ちょっと振り回されるくらいが丁度良かった」
外見じゃなくて、多分性格の話。
性格…。
明朗快活で元気のある子とか…。
冷静沈着で落ち着き払った子とか、そんな話…か。
「…静かな人が良い」
「おっ、なるほど。んじゃ、特徴とかは?見た目でも中身でも、趣味が合うとか、中身が似てるとかな」
「…………俺に関わろうとしないやつ」
「本末転倒じゃねえか」
「…明るくて、話すのが得意で、誰とでも仲良くできて、話す人みんなに好かれる…そんな、俺“らしくもない”俺のことを知らない人…」
「…あぁ、分かった…。なら質問変えるぞ。お前、結婚するならどんな相手が良い」
「しない」
「……おい、お前なぁ…。真面目に聞いてんだから、真面目に答えろよ」
「…誰のせいでこんな答え出してると思ってんだ」
一回だけ、大真面目にどんな人となら結婚したいかなって、考えた事がある。
とは言っても、色々な事へ忌避感が有ったときのことだから、今じゃ同じ人の名前なんて出せない。
……だって、その時、この人ならって結論に至ったのは…天音さんだから。
大前提として、明確な年上の女性のビジョンとして大きかったと言うのがあるが、そもそも俺はあの人を支えたいと思っているから…。
いやだって、その頃は血縁だなんて知らなかったし…。
「結婚ってものに忌避感があるのは明確にアンタのせいだよ」
「んだよ、どっかのおしどり夫婦見てたんじゃねえのかよ?」
「そのせいで家族ってものにコンプレックス持ってたんだこっちは…!」
「お前その歳で苦労してんなぁ…」
「誰のせいだ、誰の。アンタにだけは言われたくねえよ…。ってか、そもそも俺は、全部将来に先送りにしようとしてたんだよ。中学でも高校でも、恋愛なんて物に関わる気なんて無かったし…」
俺がこんな事になってるのは、大体この人の血筋のせいだと思う。
「…先送りにしてどうするつもりだったんだよ?」
「天音さんに大抵のことは任せるつもりだった」
「……あぁ…?そういや、お前、前は話の流れで聞けなかったけど、由紀とは知り合いなのか?」
「恩人だよ。将来的には、あの人の下で働くって、ほぼ決まってる」
「………ほぼ決まってる…?」
「ほぼというか、まあ確定って言って差し支えはないけど…」
「そこは問題じゃねえだろ、恩人って…。将来の話するほど親しいのかお前…」
「天音さんのところに婿入りしようか考える程度には親しいよ」
何が恐ろしいって、何一つとして冗談を言ってないのがな…。
俺の真面目な雰囲気を感じだったのか、父さんは頬を引きつらせた。
「…流石に倫理的に不味くないかそれ」
「アンタとアンタの爺さんにだけは言われたくねえよ…!」
「……とりあえずそれだけは止めてくれ」
「やんねえよ!」
そもそも紗月さんの義妹であり、俺の異母姉でもある、という事実だけで頭が痛くなる。
「あーもう…っ…相談する相手完全に間違えた…」
「ったく。それなら、まずなんでそんなこと俺に相談したんだ」
「凛月に告白されたんだよ、泣きながら」
「りつ…あぁ、湊のとこの次女か…。って、お前あそこの双子どっちもかよ…」
「…美月のこと話したっけ?」
「あんなの見りゃ分かるわ」
「あっそ…」
どうせ俺は見ても分かんねえよ。いや、寧ろやっと分かりやすくなったのか…。
「……こう言うのもアレだが…。あんま、湊のガキには手出ししねえ方が身の為だぞ。本気で惚れてるってんなら別だけど、違うんだろ?」
「…参考までに、理由は?」
「根本的に、合わねえ」
「……あぁ、そう……。一旦納得はしておくよ…」
大きくため息を吐いて、ベンチから立ち上がった。
「…父さん」
「おん?」
「……文化祭は11月21日だから、よろしく」
「あぁ…。夏芽の誕生日と一緒だな…」
「………俺の誕生日も同じなんだけど」
「…………悪い、初めて知った」
だと思った…。
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