第121話 変えたくない物

「…なんで、そう思うんだよ」

「真と同じだよ。“そういう親を見て育ったから”本当はダメなのかなって、思ってる」


 それが誰の事なのかは、互いに言わなくたって分かる。


「……真はさ、いっつも俯瞰的なんだよね。だから他の人よりもずっと、広いところまで手が届くの。でもさ…私からすると、真だけが、ずっと遠くにいる気分になる」

「…美月にも言われたよそれ。俺からしたら美月は近くにいるけど、美月からしたら俺は遠いんだって」

「そうだよ、その気持ちすっごく分かる」


 …理緒先輩もだっけ、似たようなこと言ってたの。…自分とは不釣り合いだ、気持ちが分からなくなったって…そう言ってた。


「…前にお母さんが、泣いてるのを見た。小さい頃の真の写真を見て、泣いてる姿」

「……夏休みの頃?」

「うん。“あの時”から少し経った頃。昔の真の写真見て、私もなんとなく思ったんだよね。真って、昔から全然変わってないなって」


 ……また、美月と同じ事を言ってる。この二人からしたら、俺ってそんなに変わってないのか…?


「…自分で言うのもアレだけどさ、私って多分、普通の人と比べたら凄く特別なんだと思う。お父さんとお母さんは普通の仲好し夫婦だけど、美月も渚も多分特別な人なんだと思う。んっとね、カリスマ性とか、スター性がある…って奴かな?」

「……まあ、そうだな」

「…一見すると真もそうなんだけどね。色んな事に才能があって、格好良くて、皆が惹かれるけど…。でも、それって…よね。周りの環境に強制されて、そう在る様に振る舞わないといけなくなっただけで、本当は真って…きっと普通の男の子なんだよ」


 知ってる、そんな事は。


 ………だから…。


「だから……私達ってきっと、本当はどこかで関わらなくなって行ったんだと思う」


 俺も、そう思ってる。

 それを願ってる人がいた事を、俺は知っているから。きっと、凛月もそれを知っていた。だから、俺とは関わらない方が良いと、そう思っていたんだ。


 中学に入る数年くらい前から、自分の中で何かが壊れていくのを感じた。

 そんな時に天音さんに出会って、話をした事で、色んな事に変化が起きた。だから俺は、あの人を恩人だと思っている。

 天音さんのお陰で今があるって、本気で思ってるから。


 ……けれど、夏休み中のあの時の前後から、ずっと思ってる事はある。

 何も知らないままが良かったって、心の何処かで思っている。


「でもさ、今は今じゃん。私達にはまだ、こうして幼馴染みって関係がある」

「……そうだな」

「…ちゃんと、関わりが残ってるじゃん」

「…うん」

「………壊したく、なかったの」


 震えた声で言った。


「私、美月みたいにはなれない。怖くて、行動出来ないよ。本当は真が傷付いてたのは私も分かってた。辛いんだ、苦しいんだっていうのは、分かってたよ。でも、 私じゃ真の力になれることなんて、一つもないんだよ…」


 ……まただ。

 また、美月と同じ事を言っている。分かってた…って……。力になれないって…なんなんだよ…。


「…ずっと自分に言い訳してたの…。無理矢理スケジュール詰め込んで、周りに負担とか迷惑かけながら、でも忙しいからって、無理に自分を納得させようとしてた。だって───


 ──好きだから…真の事が」


 ………えっ……?


「変えたくないし、壊したくない。進んじゃだめ、退かなきゃだめ」

「…なん……は??」


 言葉の意味が分からなくて、いつの間にか隣を見ていた。

 凛月は涙をこらえる様に、じっと床を見つめている。


「…それなのに、時々どうしようもなく、溢れるんだよ。どうしても、確認したくなる。真がここに居るって、好きな人が、手の届く場所にいるんだって」


 こらえ切れなくて、小さな雫が床に落ちた。


「ずるいじゃん…。なんで、真からそんな事言うの?興味ない訳が無いでしょ…。恋人にしたいとか、言わないでよ。なりたいに決まってるじゃん…!私…好きだよ?真の事が大好きだよ…」


 いつ、どこで、何が原因でここまで拗れたんだろう。当事者なのに、俺には分かりそうもない。


「でも、怖いんだよ…。本当は無かったかも知れない今の関係に、ほんの少しでも触れちゃったら…少しでも、先に進みたいとか考えたら…消えてなくなるかも知れないんじゃないかって…」


 そんな事はない…って、そう言い切れないのは、少なからず俺も同じ事を考えていた事があったから。


「…っ…。ごめん、もう帰る…。これ以上、真といたら、なにも我慢できなくなる…」


 小さく言い残して、凛月は部屋を出て行った。


 言いたい事を言うだけ言って、俺の感情を取り残したままに。


 ………やっぱり、苦手だ。

 …これだけ散々関わって来てもなお、恋愛ってのはつくづく苦手で…。嫌いだ。


 いつから、この泥沼から抜け出せなくなったんだろう。


 …中学の時、初めて俺が告白されたのは、男子バスケ部の先輩だった。

 男が男に恋愛感情を抱くって、俺には意味が分からない。

 高校に入ってからは…。夜空、霧崎、美月、そして…凛月からも…か。


 …俺は他人の気持ちは、理解できるつもりだ。感情や心境を察するのは寧ろ得意分野だと思ってる。この人はこの人を好きなんだろうな、という推測も割とできる。


 …だから、やっぱり分かる。分かってしまう。


 あの先輩も、夜空も、霧崎も、美月も、凛月も、同じ「好き」という言葉を使った。

 その言葉に込められた、秘められた感情が。

 その一言の中にある想いが、同じ物だと分かってしまう。


 分かるけど……。


 自分が、その気持ちを抱くことは、どうしても出来そうに無いから…。


 ……だから、苦手なんだ…。

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