第120話 変わっては行けない物
玲香先輩からも迫られる様になってから数日。
生徒会の仕事ついても一通りは体験して、大体は頭に入れた。
ただ、ここ一週間程は妙な事件に巻き込まれる事が減った代わりに、単純に忙しくなっている。
学校では放課後に生徒会の仕事をしたり、それが終わったら理緒先輩に勉強を見て貰ったり。
帰ったら逆にクロエの勉強を見てあげたり、クラリスの関係もあるのでクロエと一緒に汐織の面倒も見ているし。
グランヘルツ所属になったシオンこと霧崎紫苑の準マネージャーの様なことまでやっている。
流石に報酬を貰ってる以上は学校にバイト申請した方が良いのかと白龍先生に相談したら「もうしてあるよ…?」って返って来た。
…ちょっと疲れてんのかな、俺…。
それは良いとして、今日は完全にオフのしかも休日。今やらなければ行けない事は大抵片付いているので予定がまっさらの一日だった……。
……だったのに…。
「……んー……。流石に疲れが取れないよ〜…」
突然呼び出されたのは、間宮宅。
まだ俺の寝室のまま残っている部屋で、ベッドに腰掛ける俺の太腿を勝手に枕にする幼馴染みがいた。
「ただでさえスケジュールギチギチなのに、本格的に休みないもんな」
「そーなんだよね…。体力はあるつもりだけど、こうも休めないと身体はともかく心が疲れる…」
「身体はともかくなのかよ」
「睡眠時間だけはちゃんと確保してるからね」
少し伸びてきた銀髪を手櫛で梳かしながら撫でると、凛月は気持ち良さそうに目を細める。
「ん〜…こういう時に弱音吐ける幼馴染みが居るっていいねぇ」
「ん…?愚痴言える人はいくらでも居るだろ。それに、膝枕なら俺じゃなくて、大好きなお姉ちゃんにしてもらったらどうだ?」
「私家族とか友達には弱いとこ見せたくないんだよね、あとみつの膝枕はダメ」
「なんで?」
「仰向けになると絶望する」
ちょっと納得してしまった。凛月は動きやすい体型してるもんな。
「胸囲に脅威の格差を感じます。…あ、因みに真はやっぱりおっきい方が好き?白龍先生とか美月みたいに」
「お前その人選には悪意あるよな?」
絶対に悪意がある。色々知ってる凛月じゃないと質問の内容と人選が噛み合わない。
「どーせ私は貧乳ですよ〜」
「いや、お前割とあるだろ」
「えー…?なんで知ってるの?」
明らかに素で聞いてるあたり、本当に忘れてるのか…?
「温泉で見せつけて来たのはそっちだろ」
「…あ、そうだった。胸の下にあるホクロまでじっくり観察されちゃったんだ」
「観察した記憶はないけど、そのホクロはごめん、気付いた」
「チャーミングでしょ?」
「普段見えない物がチャーミングでも意味無いだろ」
「いやいや、脱がせた時の白肌にあるのが良いんでしょ?」
そこまで性癖の話が進むとついて行けない。
こうやって考えると「長い髪が似合う子が好き」って以外に、女の子の好みがないんだな俺って。
それもあくまで嗜好の話であって、見てる分にはそれが好きという程度であり、実際に関わるとなったら殆ど気にもしないからな。
…そう言うのとか一切関係なく、こいつとは絶対にそんな関係にはならないよなって、ずっと思ってる人が居る。
まだ夏の暑さが少し残るこの季節、冷房を使わない代わりに薄着で寝転がる健康的な少女が、わずかに汗ばむその姿に…普段ならばまず感じない様な、妙な感覚を覚えた。
一方でその感覚には、よく覚えがある。俺には馴染みがない故に、一度経験してからは可能な限り避けて通っている。
まだ自分の中に忌避感があると思っていたから。
そういう欲がない…って訳では無いけど、避けて通って来たからな…。
……っていうか、そういう自分だから…。一々警戒をしなくて良い男が相手だから、女の子が寄って来るんだろうなってのは、なんとなく理解してる。
だから、自分でもかなり意外だった。
客観的に見たら今の凛月がとても扇情的なのは分かってるけれど、自分がこういう時に反応をするなんて考えてもみなかった。
普段の距離感のせいで忘れそうになるけど、今俺の膝枕で寝そうになってるこの少女は、世界中の誰もが魅了される程に魅力的な女の子なんだよな。
ハッキリ言うと、この状況に少しだけドキドキしてる自分が居る。
「あー…。ちょっと、眠い…」
「お前、ここで寝たらどうなると思う?」
「真が添い寝してくれる?」
「それは別に良いけど、純潔が散ると思えよ」
「えー…?真ってそういう事冗談でも言わないよね」
「そうだな。今は冗談じゃないから言ってる」
「………良いよ?」
寝返りをして仰向けになった凛月は、少し頬を染めて俺の顔を見上げた。
「…お前、前にさ、俺のことは家族だと思ってるから、俺に恋してる訳じゃないって言ってたよな」
「え…うん、言ったよ」
「ならさ、俺が凛月の事好きだって言ったら、どうすんの?」
凛月は一瞬、ぽかんと目を丸くした。
俺がこんな事を言い出すなんて、全く思ってなかったらしい。
俺だって言葉にするどころか、今の今まで考えすらしなかった。
「…それって…。真が私を恋人にしたいって言ったらどうするか…って話?」
「……そう」
「考えた事ない…」
「だろうな、俺も無いよ。美月はともかく、凛月とは全く無いと思ってた」
「今は違うってこと?」
「…うん」
「……そっ…か…」
ぼんやりと天井を見上げて考えて、普段ならあまり彼女が見せない様な本当に悩んでる表情を見せた。
こんな顔を見たのは、クラリスにスカウトされた時以来か。
「…いつもなら、『それはないかなぁ…』って即答するだろ」
「周りに言われたら、今だってそう言うよ。でも…真にそんな顔で言われたら、悩みもするって」
「…そんな顔って、どんな顔だよ」
「今、凄く辛そうな顔してる」
……久しぶりに聞いたな、それ。
「…凛月は、俺に興味ないと思ってたんだけど」
「えっ…?なんで?」
「……前に、美月がそんな感じの事を話してから」
「…ふーん…」
凛月は体を起こして、隣に座り直した。
「じゃあさ、全く、何も隠してない本当の気持ち…。正直に言うね」
「……ん…」
「…私は、真には関わっちゃ行けないんだと思ってる。昔から。ううん、ホントは、今も…ずっと…。心の何処かで、そう思ってる」
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