第119話 壁ドン
クラスの出し物について話し合いをした、翌日の放課後。
まだ一応は生徒会のメンバーである椿先輩…のお姉さんである引き継ぎ中の生徒会長、椿玲香先輩と部活の監査回りをしていた。
「…えっ、生徒会でも何かやるんですか?」
「うん。その頃には引き継ぎ終わってるから私達は参加出来ないけど、毎年、新生徒会のメンバーでバンドやってるんだよね」
「バンドですか…。毎年…?」
「そそ、恒例行事ってやつ」
「それ椿先輩が揃ってる時に見たかったな…」
「相変わらず口が上手いねえ君は」
「本心ですけど」
絶対に面白かっただろうな、椿先輩二人と理央先輩が一緒にステージが楽器弾いてるとか。
「因みに去年は結月ちゃんがボーカルやってたから、多分今年もかな…」
「あー…いや、今年は霧崎が居るんで…」
「あそっか!辞めたてホヤホヤの元アイドル!大当たりの年になるじゃん…ってか、来場者数とんでもない事になりそう…」
「ホヤホヤ…って…。まあ、とんでもない数にはなるでしょうね、開催が学校じゃなくて公民館なんで…」
赤柴高校の文化祭は校舎から程近い場所にある、ここの理事長が館長をやっている公民館で開催されるので、一般客の量が普通の文化祭と比べても桁違いに多いらしい。
…それに加えて、霧崎が居たり真冬が居たり、栗山陸奥の妹が居たり。するので、例年よりも来場者は多そうだ。
そうじゃなくても、どっかの銀髪姉妹が見に来るだろうし、雨宮や橘も来ることだろう。
あとは……。うちの父親と、どっかの犯罪者も来る筈だ。
少し罪悪感はあるが、文化祭では文字通りの騒ぎになってもらう事になるだろう。
怪我人が出る可能性だってある。…本当に、申し訳ないけど。
最後の部活の内部監査関係の書類を回収して、生徒会室へ戻る途中。
不意に玲香先輩が窓の外、グラウンドを見て目を細めた。
「どうし…。あぁ、先輩とよく話題になってる、福島じゃないですか」
「大翔ね〜…実は彼、私達の幼馴染み……ともちょっと違うかな。小学校の頃から仲は良かったんだよね。年は離れてるけど、弟とか、後輩ってよりは同級生っぽい感じの関係値でね」
「………へえ」
「…前に…華怜が大翔にフラレて、部屋ですっごく泣いてたの見て、居た堪れなくなっちゃって…問い詰めちゃったんだよね」
どうやら、噂や話題になってる話は、案外デマばかりでもないらしい。
「…そしたら彼なんて言ったと思う?『俺は一生想い続ける心に決めた人がいるから、他の女の子とどうこうなるなんて絶対にあり得ないんだ』って…凄いよね」
「……心に決めた相手が誰かは…」
「クラスメイトなんだから、君も知ってるでしょ」
にへらっといたずらっぽく笑って、窓からこちらに目を移した。
「………そりゃ、夜空だよなぁ…」
「あ、てか君、夜空ちゃんのことフッてたよね?」
「なんで知ってんですか」
「女の子の情報網ナメちゃいかんよ〜」
再度歩き始めて、玲香さんはポツリと話を続けた。
「君は女の子と付き合ったりしないの?」
「願望は無い訳じゃないですよ」
今まで俺にその関係を迫って来たのは美月、夜空、霧崎の三人…だけだったか?
流石に白龍先生や理緒先輩のはまた、色々と違う枠組みな気がするし…。
いやでも、本当はそれに近い感情持ってる相手ってのは俺が思ってるより多いんだろうな。
「でも、今は自分の中で区切りをつけなきゃいけない事があって…。どんなに早くても、それが終わってからじゃないと恋愛については優先的に考えられないかな…と」
「…区切りかぁ…。君の場合、色々闇抱えてるもんね〜」
「ホント、誰かに代わって欲しいくらいです。今なら大量の美少女が迫ってくるオマケが付いてくるんで」
「うわ〜…君そんな状態なんだ?」
そんな状態なんです。
「やろうと思えばハーレム作れるんじゃない?」
「無理ですね、独占欲強めのくせに自己肯定感の低い捻くれた子ばっかりなんで」
「へ〜…。私も参戦しちゃおうかな」
「冗談は、よして下さい」
「おっ、冗談とか言っちゃったな?私これでも、君のことけっこー気に入ってんだぞ〜?」
「へえ、どれくらいですか?」
「んっと、そうだな〜…」
冗談で聞いたつもりなんだけど、玲香先輩は小さく考え始めた。
すぐに顔を上げて、隣を歩いていた俺の肩をトンットンッと何度か押して壁際に寄せると……。
「このくらいかな」
いわゆる壁ドンの様な形で俺の歩みを止めて、柔らかな唇を俺の頬に押し当てた。
「ちょっ…!?……まさかでしょ…」
思わず玲香先輩から顔を背ける。
…本当に想定外だったから、マジで恥ずかしい。てかなんでこんな、普通に人が居る廊下でやるんだよ…。めっちゃ見られてるじゃん…。
「…君の言い方的に、まだ心に決まってる子は居ないんだよね。それってつまり、まだ先輩と後輩ってだけの私でも、超優良物件をゲットできるチャンスって訳じゃないかな?」
「……おっしゃる通りではありますけどね…。その事故物件は競合してる数がちょっと…」
「ふーん…。私一応、この学校にいる生徒で一番告白されてる回数多い自信あるけど。そんな私でも、君の目には魅力的には映らないかな?」
「……へ、へえ…因みに何回ですか?」
「さあ…?百回から先は数えてない」
「そのセリフをリアルで聞くことあるんですね…」
それより、いつまで壁ドン続けるんですかね。
見た目だけならかなり好みに近いから、あんまり迫られるとドキドキするんだけど。
いくら女慣れしてるからって、霧崎はともかく夜空とかそれと同じレベルの美人にこの至近距離で顔を覗き込まれると、流石に心臓に悪い。
一々比べるつもりは無いんだけど、この学校異様に目立つ人達が多いから自然と…。
というか、今更ながら校内じゃ誰もが美少女だと認める様な物だ女の子ほぼ全員と多少なりとも関わりのある俺っておかしいだろ。
その挙げ句、この人にまで迫られるのかよ…。
「……あの…。とりあえず、生徒会室行きましょうよ…」
「え〜…逃げるの?」
「逃がして下さい。流石に注目集めすぎです」
「…しかたないなぁ…。今日のところは見逃してあげましょう」
上機嫌に笑って、やっと壁ドンから解放されたと思ったら、今度は腕を組まれた。俺が大量の書類を抱えているから控えめではあるが。
「…ま、頭の片隅に、私の顔も入れといてね」
…南が歳上だったらこんな感じになるのかな…。
………ちょっと、悪くないかも知れない…。
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